ラフマニノフの『パガニーニの主題による狂詩曲』が涙を誘う名作SF『ある日どこかで』

オトコ映画論 #38

1980年のヤノット・シュワルツ監督、リチャード・マシソン原作・脚本、ジョン・バリー音楽である『ある日どこかで』(原題 Somewhere in Time)は、涙が流れるSFラヴストーリー。いわゆる“タイムトラベル物”である。

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Photo:NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン

初めは原作ありきだった。スティーヴン・スピルバーグの『激突!』(1971)の原作・脚本やテレビシリーズ『トワイライト・ゾーン』(1954-1964)の脚本を手がけた、優れたストーリーテラーであるリチャード・マシソン(1920-2013)は、バージニア州のとある劇場に貼っていたポスターで、20世紀初頭の女優モード・アダムス(1872-1953、007シリーズのボンドガールの彼女ではない)をひと目見て心惹かれ彼女について調査し、1975年にロマンティックファンタジー小説『ある日どこかで』(原題 Bid Time Returns、創元推理文庫)を発表。これは翌年の世界幻想文学大賞を受賞している。

プロデューサーのスティーヴン・サイモンがこの原作を気に入り、スティーヴン・スピルバーグとユニバーサル映画に同期入社した映画監督、ヤノット・シュワルツに映画化を持ちかけた。シュワルツはスピルバーグとともに当時、幻想テレビシリーズ『四次元への招待』(1970-1973、原題 Night Gallery)を担当しており、そこでマシソン原作・脚本のエピソードを手がけていた。それがきっかけでシュワルツに注目していたマシソンが、彼を監督候補に推したと言われている。

ジェーン・シーモア演じる、エリーズ・マッケナはもちろん20世紀初頭の女優モード・アダムスという女優が由来で、劇中にもヴィクトリア・マイクルズが演じた“モード”という女優が登場する。

原作ではビリー・ワイルダー監督作品『お熱いのがお好き』(1959)のロケ地であったホテルコロラドが選ばれたが、本作の撮影にはそぐわないので、リゾートアイランドであるミシガン州マキノー島にあるヴィクトリア調のホテルである、「グランドホテル」で撮影が行われた。

また、劇中のタイムスリップのテーマ音楽のような音楽は、グスタフ・マーラー(1860-1911)が作曲した『交響曲第9番ニ長調』だったが、マーラーだと長大すぎるため、作曲家ジョン・バリーの提案で、1934年にセルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)が作曲した『(ピアノとオーケストラのための)パガニーニの主題のための狂詩曲作品43』になった。

物語はこうだ。1972年、劇作家を志すミルフォード大学の学生リチャード(クリストファー・リーヴ)の処女作が初演され、大成功をおさめた後のパーティで、彼は見知らぬ上品な老女(スーザン・フレンチ)から声をかけられた。

彼女はリチャードに美しい金の懐中時計を渡し「私のところへ戻って来て(Come Back to Me)」と告げると、その場を去って大学から近いグランドホテルに帰って行った。その夜に彼女は思い出の曲を聴きながら、リチャードの書いた脚本を胸に抱き、静かに息を引き取った。

8年後の1980年、劇作家として有名になったリチャードのオフィスには思い出の曲が流れていた。仕事も私生活でも行き詰まっていたリチャードは、車で当てのない旅に出た。いつの間にか懐しいミルフォードに来ていた彼は、吸い込まれるようにグランドホテルで宿をとった。