嗚呼、クラシコイタリア・スーツが復活の予感!?

モード逍遥#19

1980年代後半から90年代初頭にかけて、手縫いで高額なクラシコイタリア・スーツが工業製品的なデザイナーズ・ブランドのスーツに代わってブームになったことがあった。

あれから20年余りが経った今、再びクラシコスーツが注目される予感がするのである。

その根拠は、当時若者だった世代が現在30歳なかばとなり、モデリストやバイヤーとなって活躍し始めたからだ。彼らは昔のブームを知らない。だからこそクラシコの束縛から解放された新鮮な提案ができると思うわけである。

クラシコイタリア・ブームの中心となったのはキートン、アットリーニ、イザイアといったナポリのメーカーだった。折しも2014年、サルトリア・ナポレターナのレジェンドの1つである、アブラ(ABLA)がキートン傘下で復活。1ヶ国ワンショップだけの販売というプレミアムな展開を始めている。

アメリカのショップでは、サックス・フィフス・アベニューが選ばれリローンチしているが、日本ではバーニーズ・ニューヨーク銀座店と六本木店で独占販売をしているというので、さっそく取材に出向いたのである。

アブラのスーツを着て出迎えてくれたのは、バイヤーの高橋孔明さんとプレスの新井慶太さん。

お二人ともターンブル&アッサーと見まがうようなボールドなストライプのドレスシャツを着ているではないか。

これが英国のダンディ、マイケル・オブ・ケント王子のようで、新鮮かつ格好よく映った。聞いてみるとドレスシャツもアブラのオリジナルだという。

昔のクラシコイタリアのVゾーンは、ドレスシャツは淡いブルーか白、ネクタイはマリネッラあたりの小紋柄というお約束事があったのだが、それをブレークスルーしている。

筆者はロンドンに行くといつも思うのだが、英国紳士はたいへんに格好いい。しかし、我々日本人がサヴィル・ロウの構築的なスーツにロンドンストライプのシャツを着て、無地の赤いネクタイをしたとしても、似合う人は少ない。あのスタイルはジョンブルだからサマになるのだと思う。

しかし、クラシコイタリアのスーツに英国調のボールドなストライプシャツなら、サヴィル・ロウ臭さがほど良く中和されて、我々でも充分着こなせることに気づかされた次第。これはクラシコスーツの着こなしを進化させる素敵な一歩だと思う。

アブラはナポリのテーラーリングマスターのひとりであるアンジェロ・ブラージが確立したもの。息子ニコラは、1936年生まれで、父親の仕立て工房で腕を磨き、1957から62年まで渡米。既製服の工場で工業ラインシステムを学習する。その後ナポリに戻り、1年後にナポリ最古の既製服のひとつであるアブラを生み出すのである。

一方、サルトリア・ナポレターナのベーススタイルは、ナポリの伝説的なサルト、モルツィエッロの弟子であるヴィンチェンツォ・アットリーニが確立したといわれている。

その特長をまとめると、A袖口4個のキスボタン、B袖丈は短め、Cシャツの袖付けのようなマッピーナ袖、D袖付けの部分はゆったりとしてひじから先を細く絞る、E3つボタン段返り衿、F後ろ身頃の裾を少しはねさせたノーベント、Gダブルブレストの場合は1cm裾を短くする、Hバルカポケット、Iパッチポケットは口に向かって丸みをつける── といったことになろう。

こうしたディテールをハンドとマシンが融合する工場で既製服化したのが、ヴィンチェンツォの三男、チェーザレ・アットリーニだった。彼は既製服の工業ラインシステムを、戦後に復興したイタリアの工場ファルコで学んだという。1970年代には、カルロ・バルベラ、エンリコ・イザイア、キートンのチロ・パローネと組んで、クラシコイタリアの原型ともいえるスーツを手がけている。

アットリーニ一族のスーツと、新生アブラが復刻したSKAモデルのスーツを比較すると、アブラのほうがサヴィル・ロウへのオマージュを強めに打ち出している気がする。

たとえばそれは、袖山の盛りを多めに見せたり、バルカポケットを直線的に造形したり、背のウエスト部分の絞りを強くする、などに現れている。カッティングもシャープで、胸のドレープも強く、全体に男っぽい雰囲気が漂う。