ロン・ハワード監督の『ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK』、ドキュメンタリーだが今年のトップワンである!?

僕が一番感動したのは、1964年夏の北米ツアー。30日間で25か所を回るという過酷スケジュールだった。アメリカでは同年7月に公民権法が成立。人種差別は違法だったにもかかわらず、保守的な南部ではまだ状況は変わっていなかった。

そんな状況下で米フロリダ州ジャクソンビル、ゲイターボウル(現在のエバーバンク・フィールド)でのコンサート。当時まだ白人と非白人観客を隔離していたこのスタジアムでの演奏を、4人は拒否した。結局、コンサートは決行して、白人もアフリカ系も入り混じって、ともにコンサートを楽しんだ。それがいかに意義深いことだったかが伝わってくる。

©Apple Corps Limited. All Rights Reserved.

今年惜しくも亡くなった「5人目のザ・ビートルズ」と呼ばれる、音楽プロデューサーのジョージ・マーティン(1926-2016)や、マネージャーのブライアン・エプスタイン(1934-1967、愛称エピー)のザ・ビートルズに果たした役割が手に取るようにわかってすばらしい。

1961年12月10日(何と、僕が生まれる2日前だ)にエプスタインは、ザ・ビートルズの経歴すべての面で契約した。彼が出会ったとき、ザ・ビートルズのメンバーはジーンズと革ジャケットで騒がしい演奏を行っていた。

不良というイメージを払拭するため、彼はザ・ビートルズにスーツとネクタイを着用させ、ステージ上で小綺麗にするようにした。またステージ上での喫煙もやめさせ、演奏の後は一礼するようにした。これが、ザ・ビートルズのイメージになった。

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このエプスタインは1967年8月27日にアスピリンの過剰摂取で亡くなっている。映画を観ればなぜ、ザ・ビートルズがコンサートを中止したのがわかる。エプスタインはコンサートがなくなったことに相当悩んでいたという。結局、メンバー同士の対立が表面化し、1970年4月10日、ポールが脱退してザ・ビートルズは事実上解散する。

そのエプスタインの登場曲として使われるのが、ヘンリー・マンシーニ作曲の「ルージョン(原題Lujon)」である。これがラテンジャズのインストルメンタル曲でたまらなくいい。