芸術の本質とは何か、愛の本質とは何か、その接点について考えてみた

人間とロボット #1

今年の夏、フジテレビ主催の「お台場みんなの夢大陸2016」で開催していた展覧会「DMM.プラネッツ Art by teamLab」を見に行った。これまでにも何度もチームラボ(teamLab)の作品は見たことがあるが、今回の作品はこれまでよりも遙かにスケールが大きかった。

靴を脱いで足を洗い最初に入る空間は、ふわふわのクッションの床が広がる空間、その次は、一面水の空間で、水面には上部から投影された多数の鯉が泳いでいる。その次は、LEDの森。全面鏡で覆われた広い四角い空間の中に、無数のLEDが天井からつるされていて、スマホのアプリと連動して様々に光り輝く。

そして最後は、プラネタリウムのようなドーム空間で床が鏡になっている空間。ドーム状の天井には無数の花が投影され、全体的にゆっくりと回転している。その回転を鏡の床の上に寝転がりながら眺めていると、自分を中心に花の世界がゆっくりと回転しているような感覚、自分が世界の中心にいるような感覚を覚える。

Photo:teamLab
Floating in the Falling Universe of Flowers
http://www.team-lab.net/jp/works/fitfuof/
https://www.youtube.com/watch?v=Wyl_1yu47cY
Photo:teamLab

このチームラボの新しい作品を体験して、その作品に取り込まれるような感覚を覚えた。特に、最後の回転する花の世界の中心で寝そべる作品は、その世界に入ると現実を忘れる。

この人を取り込み、飲み込んでしまうという暴力的な迫力がまさに芸術作品であって、芸術品にとって、「人を飲み込む大きさ」はかなり重要な要素になっている。簡単に言えば、大きく作るということは、人を暴力的に取り込める力があり、人が芸術作品を受け入れるのではなく、芸術作品が人を飲み込むことによって、無理矢理にその芸術作品の世界に人を導ける力が生まれる。

無論、小さい芸術もあり、その小さい世界に引き込まれることもある。しかし、一般的には大きい方が人を取り込む効果が高い。