ロジカルな視点でNYファッションに新風を吹き込む「大丸製作所2」の仕事術

高校を辞めた後は競艇場の屋台でバイトしたり、福岡の街をふらついたりの日々。ある日、古着屋を通して自宅で細々と洋裁を教えている杉野さんという先生に出会った。

「当時、学校を辞めたことで家族や親戚からは勘当状態だったのですが、唯一温かく受け入れてくれたのが、杉野先生だったんです。今振り返れば、あのころは精神的にもフラストレーションがたまっていたから、何か作るということに導いてくれたのは本当にありがたかった。パンクキッズのような風貌の僕だったけど、いつも優しくものづくりの楽しさを教えてくれました」。

そしてファッションを生業とすることを決意し、約1年半後には文化服装学院に入学するため上京。学生時代は1日1つ何かを完成させることを自分に課していた。

「パターンでも絵でも写真でもいいんですが、1日1個は必ず作っていました。周りにはファッションの道に進むことを宣言していたし、背水の陣だったから自分に何かを課していかないと不安だったのかもしれないですね」。

卒業後は自分のブランドを立ち上げることも考えたが、杉野先生に「1社だけでも記念受験してみたら」と勧められ、パリコレにも参加している有名メゾンにパタンナーとして入社した。

「会社員時代にはそれまで学んできたことの実践はもちろん、ものづくりの論理的な思考法を学びました。まずデザインを着想してからパターンをロジカルに落とし込んでいく。数学的なサイエンスと創造的なアートが混じり合っているのがファッションだということです」。

NYへの移住はあるブランドにヘッドハンティングされたのがきっかけだ。同時にフリーランサーとしてもNYデザイナーのためにパターンをひいていたところ、口コミでその手腕が広まり、自らの会社をたちあげるに至った。現在は社員12名、全員が日本人だ。

「NYでさまざまなデザイナーたちと仕事をする中で気づいたのは、僕たち日本人とは服作りの思考法が違うということ。もしかしたら日本人は農耕民族、欧米人は狩猟民族という違いに帰するのかもしれませんが、僕らは服を作るプロセスをより大切にするんですね」

パターン製作の方法は大きく2通りがある。トルソーに布を直接かけて形を作っていく立体裁断(ドレーピング)と平面の紙に図面を描いていく囲み製図だ。

「ある程度の域に行くと両方理解していないとできないのですが、僕は特に平面の作図が大事だと思っているんです。ドレーピングだけで服を作っても強いものはできないから」。囲み製図の師として尊敬するのは貝島正高で、特に1971年に発行された『紳士服 裁断裁縫の要点』は学生時代バイブルのように熟読したという。

「感覚だけに頼った服は、ラインが曲がっていても真っ直ぐでも関係ない。でもそういった服はデザインに理由がしっかりないから路頭に迷いやすいんです。

ものづくりの過程でバランスが悪いとなった場合、パターンが論理的にできていれば、どこを修正すべきか立ち返ることができる。コンセプト上、絶対外せないシーム(縫い目)と変えてもいいシームがあるからこそ、 デザイン線に意味が出てくるんです。

単に綺麗なだけの服じゃなくて、プロセスと構造を論理的にちゃんと因数分解できたパターンがあるからデザインに強さが出る。アメリカではこういう思考方法で服を作っている人が少ない、だから面白がられているのかな、とは思いますね」。