カルダン、レノマ、そしてチルブリー。本物のコンケーブ・ショルダーは機能性も抜群だった

筆者は1970年代初頭にコルビジェやガウディの建築を見物するために初めて欧州へ行ったのだが、フール通りと小道がぶつかる23番地にチルブリーがあり、ごきげんな男女の靴が売られていた。そのだいぶ先にアルニスがあったと記憶している。

後に三島由紀夫の楯の会の制服をデザインしたことで知られる、名人テーラー故五十嵐九十九さんは、この当時カルダンの店で仕立て屋として働いた経験を持っていた。

「パリのカルダンというイメージが強いのですが、じつは彼の父親はイタリア人のテーラーでした。少年の頃、単身パリに来て、ディオールなどで腕を磨いた苦労人です。カルダンの服は上半身がすごくコンパクト。肩幅は狭いし、アームホールの鎌は浅め。しかも背中はハイウエストときている。それをコンケーブするから、たっぷりクセ取りをしなければカラダが動かしにくい。

前肩とコンケーブのふたつを合わせた分量を前身に取り、芯作りの段階からアイロンでじっくり立体的に仕上げていかなければあのラインは出ないのです。

本物のコーケーブ・ショルダーは、肩先が上方に反り上がって見えるけど、しっかり前肩が形成されているので運動機能性が高い。しかも上衿が首に吸い付くように登っているために、美しさだけでなく、着心地は軽い」と、晩年の五十嵐さんは回想してくれた。

最近は2プライスショップやファストファッションなどでも、外見だけコンケーブ・ショルダーにしたスーツを多く見かけるが、どれも窮屈なだけで、五十嵐さんのおっしゃっていた本物とはほど遠いのが残念である。

赤木洋一『平凡パンチ1964』平凡社新書を読んでいたら、てっきりパリで現地取材したと思っていた『サンジェルマン専科』は、パリ在中だった高木ユミさん(デザイナーのユミ・シャロー)がイラストマップやファッションスナップを担当し、日本へ送ったものだったと判明。

しかもパリでの撮影だと信じていた高田賢三さんのワードローブ紹介記事は、たまたま帰国した賢三さんの旅行着セットを東京のプリンスホテルで撮影したものだったという。

すっかり若き日の赤木デラパン編集者の名テクニックにやられた。というか、昔も今も編集仕事は甘くない。お遊び気分で海外ヘ行って大好きなファッションの仕事をするなんて、夢のまた夢!