モード逍遥 #11
ウエルドレッサーとして知られるウインザー公は、スーツを仕立てるときにジャケットとトラウザーズを別々のテーラーでオーダーしていたという。
この気持ちは理解できないでもない。というのは、大きなテーラーでは新人にまずトラウザーズから縫わせるからだ。技量が高まるにつれてベスト、次にジャケットというのが修行の順番。トラウザーズは初心者向けだ、という刷り込みがこのとき職人の中に芽生え、この分野で秀でようという人はめったに出ないのではなかろうか。
トラウザーズの仕立ては難しく奥の深いものだと、筆者は考えている。その証拠に、ナポリのテーラーも、「トラウザーズに凝る人がほんとうの紳士だ」と言うほどなのである。
ナポリのテーラーは小規模な店が多い。店主が注文を取り、それを外部の職人にまわすシステムだ。スーツやジャケットは男性の専業だが、ドレスシャツなどは街のオバチャンが、家事の合間にアルバイトでボタンの手かがりなどをしていたりする。人件費の安い南イタリアでは、こうした外注システムのほうが効率的なのであろう。
ナポリ郊外のそんな職人が多く集まる街から、たまにトラウザーズの名人と呼ばれる家が出ることがある。かってのモーラ家、最近ではアンブロージ家といったところがその代表である。彼らの仕立てるトラウザーズは、美しいだけでなく、はきやすいことで評判を生む。そして高価だ。スーツが30万円ほどでオーダーできた20年前に10万円もした。
彼らの作るトラウザーズは、S字の独特なラインが形成されている。その技法はとても難しく手間がかかり、それを受け継ぐ人がほとんどいないから高額になる、というのがナポリテーラーの主張であった。
はたしてそうなのだろうか?