トゥールビヨンを語るなら、『ジラール・ペルゴ』は避けて通れない!?

なにしろ機械式狂いなもので #21

これまで度々述べてきたように、スイスの時計産業は分業制とすることで、発展を遂げてきた。その歴史を象徴するのが、スイス北西部、フランス国境に横たわるジュウ渓谷の街ラ・ショー=ド=フォンだ。

19世紀に整備された町の中心部は、碁盤目状に交錯する通りに面して、整然と建物が並ぶ様子が美しい。この街並みを形成するすべての建物は、かつて時計製造にまつわる様々な関連企業の社屋・工房だった。

つまり、街全体が巨大な時計工場として機能していたのである。隣町のル・ロックルもやはり19世紀に同様の都市計画で整備された、時計産業の街。これら2つの街は、「ラ・ショー=ド=フォンとル・ロックル、時計製造業の都市計画」の名で、2009年にユネスコの世界遺産に登録されている。

ちなみに、先ごろユネスコ世界遺産に登録された東京・上野の国立西洋美術館の設計者であるル・コルビュジエは、ラ・ショー=ド=フォンの出身である。

今回の主役『ジラール・ペルゴ』は、ここラ・ショー=ド=フォンにファクトリーを置く。分業制を象徴する街にありながら、逸早く自社一貫生産を実現したマニュファクチュールであり、その歴史の始まりを1791年に時計師ジャン・フランソワ・ポッドがジュネーブに開いた工房にまで遡れる、創業225年の老舗。

今のマニュファクチュールは、1856年に第2の創業者コンスタン・ジラールが開いた工房をルーツとする。