名作!’68メキシコ五輪エンブレムを作ったランス・ワイマンのデザイン哲学

それから40年以上が経過。五輪エンブレムが決まるたび、ワイマンのもとには世界中から感想や意見をもとめる取材依頼があるという 。2020年東京大会のデザインについてはどうだろう?

「第一印象はちょっとゴチャゴチャしてるかな、って思った。でもユニークなデザインだよね。僕は日本のデザインをとてもリスペクトしているから、このエンブレムがこれから独自性を持って機能していくことを祈っているよ」。

ワイマンがメキシコのエンブレムや各競技のピクトグラムを製作した際、1964年に開催された東京五輪のデザインは大きな助けになったそうだ。「オリンピックの共通言語は英語とフランス語だけれど、日本はアルファベットを使わない言語圏だから、ハードルは高かったはず。でも東京のデザインは素晴らしかったね」。

グローバル化が進むにつれ、グラフィック的なロゴやアイコンの重要性はますます高まっている。「昔はオリンピックや万博など特別な場合しかロゴをつくらなかったけど今は違う。インターネットやスマートフォンなどバーチャルな世界においてはアイコンがすべて。今や言語は過去の遺物になりつつあり、特定の言語でしかナビゲートできないシステムは機能しにくい 」。

そもそも言語自体もピュアなコミュニケーションツールでなく「政治的ステートメントにもなりうる」と説明する。「多くのヨーロッパ言語はラテン語をベースにしながらフランス語やスペイン語、ポルトガル語などに変化していった。その理由は、国どうしに政治的な事情があったから。メキシコも土着の言語があったのに今はスペイン語圏。昔、スペインがメキシコを征服した歴史をあらわしている」。

来年80歳になるが、現在も複数のプロジェクトを進行中だ。メキシコ関連の仕事も継続しており、今は道路標示や市バスのピクトグラムなどをデザインしている。

「バッタや鷲など、絵だけを使ったメキシコの地下鉄駅表示はオリンピック直後に手掛けたものだけど、今も同じものが使われている。当時メキシコでは読み書きができない人も多かったから言語に頼らないデザインを、というのが条件だった。結果的にこれは外国人にとっても使いやすいユニバーサルデザインになったね。

僕は3路線分を作ったけど、今は12路線に増えて現地のメキシコ人デザイナーが残りを作っているよ。中には僕のより素晴らしいデザインもある」。

彼の足跡が次世代へと受け継がれ、そして広がりを見せている。