「オジョウ」アンテプリマの荻野いづみの銀座路面店は、なかなかいいよ

砂漠のような東京でも…
週刊ファッション日記 #23

日本のファッション界には、私と同じ1954年(昭和29年)生まれの忘れてはならない重要な女性デザイナーが2人いる。「タメ」だから、この2人にはひとかどならぬ注目をしてきた。一人は『ツモリチサト』ブランドでパリコレ常連の津森千里(11月12日生まれ)、もう一人は本稿に登場する『アンテプリマ』の荻野いづみ(12月30日生まれ)である。

アンテプリマ1F
アンテプリマ1F Photo:ANTEPRIMA

『アンテプリマ』は7月29日に待望の銀座路面店をオープンした。この店がなかなかいい。場所はみゆき通りに面した文藝春秋のギャラリーがあったビルである。1階と2階が『アンテプリマ』の店で、地階がなんと『アンテプリマ カーサ・クチーナ』というイタリアン・レストラン。

アンテプリマ カーサ・クチーナ Photo:ANTEPRIMA

このレストランが昭和の人間である私には実にうれしい。コの字カウンターが中央にドーンと構える。門前仲町や森下あたりにある、大衆居酒屋にはよくあるコの字カウンターだが、銀座5丁目のオシャレなラグジュアリー・ブランドのブティックの地階にこれを作ってしまうところが、荻野いづみの真骨頂なのではないのだろうか。

荻野いづみの実家は銀座・数寄屋通りで『帯吉(おびよし)』という帯屋を営んでいたので、言ってみれば「オジョウ」である。このあたりやはり1954年に八王子の呉服屋に生まれた松任谷由実を思い出してしまう。

このオジョウが現在の御主人である実業家、荻野正明氏と香港で出会い、香港ペニンシュラホテルの『プラダ』の店を任されたことから、オジョウのファッション人生がスタートする。香港でのプラダの契約は99年に切れたのだが、それ以前の93年に自らのブランド『アンテプリマ』をスタートする。

このあたりがなかなか大胆なところだ。オジョウ特有の直感なのだろうが、「私にもやれるんじゃないかしら」。

『アンテプリマ』はイタリア語で「デビュー前」という意味だが、「私はファッションの世界ではアマチュア。いつまでも本当の意味でのデビューを前にしたアマチュアの真摯な気持ちを大切にしたい」という意味だと私は勝手に解釈しているが、1993年のブランドスタート以来、もう23年も経った。

その間1998年には「ワイヤーバッグ」というアイコンバッグを登場させて大ヒット。これは『アンテプリマ』の中核アイテムとして今も人気だ。

夫の荻野正明氏は、香港で年商500億円規模を誇るフェニックスグループ(ファッション、アパレル、高級スーパーなどを手掛ける)のオーナーであるが、『アンテプリマ』はこの2人の二人三脚が生んだ傑作ブランドである。戦略的なブランディングとマーケティングが随所に感じられるのである。