もうファッション・ジャーナリストはいらない時代なのか!?

砂漠のような東京でも…
週刊ファッション日記 #22

もう8月である。9月に入るとすぐニューヨーク・コレクションが始まる。ファッション業界はますますサイクルが短くなっている。次から次へとコレクションが発表される。デザイナーはさぞやお疲れのことであろう。

これを追いかけるジャーナリストやバイヤーも同様である。“陳腐化”のお手伝いをして、消費者に“新商品”を買わせなければならない。

「流行遅れは一種の病気です」(ロラン・バルト)。

それはともかく、最近、とくに東京では、ファッションショーにいわゆる一般消費者が多数詰めかけるようになった。我々ジャーナリストやバイヤー諸氏と並んで最前列でショーを見ているケースもある。ときに我々より前列で見ているなんてこともある。一般消費者と似たような存在だと思うが、ブロガーの女子というのも我々よりも重要視されているケースも少なくない。

もはや影響力では彼女たちの方が上という判断なのであろう。別に腹も立たないが、そういうデザイナーやブランドは、“クリエーション”とか“デザイナーの使命”とか“時代精神を反映したモード”とかいう文言を、以後軽々しく使わないでいただきたい。

7月20日に東京ブランドとしてはトップを切って2017年春夏コレクションを秩父宮ラグビー場で発表した「ヨシオクボ」。ショーのフィナーレはお隣の神宮球場の5回裏終了後の花火に合わせられた。なおこの写真と本文の内容は全く関係がありません。
7月20日に東京ブランドとしてはトップを切って2017年春夏コレクションを秩父宮ラグビー場で発表した「ヨシオクボ」。ショーのフィナーレはお隣の神宮球場の5回裏終了後の花火に合わせられた。なおこの写真と本文の内容は全く関係がありません。

ファッションショーばかりではない。展示会にもこういう人々が押し寄せて来ている。ブランドのファンとはそのブランドの店でしっかり定価で買い物をする方々だと私などは思うのだが、どうも最近はそうではないらしい。定価で買うのは「一見さん」と呼ばれる新規客なのだそうだ。

何か、このあたりに従来のファッション業界のヒエラルキーをぶっ壊す爽快さを感じないでもないが、危うさも同時に感じるのだ。