あえて小さな自分の「こだわり」にこだわらないことが、良いデザインを生む!?

デザインのミカタ #8

つい最近まで「こだわる」や「こだわり」は良い言葉でした。こだわりのデザインとか、デザインにこだわるとか。

自分なりの価値観や美意識をもつ人が、それを生活や仕事の細部にまで浸透させて、独自のライフスタイルや表現スタイルにまで高めていくことが「こだわり」だったはずです。だから独創的な良い仕事をしている人は、必ず何かしらにこだわっている。

仕事でクリエイティブな人は、生活にも「こだわり」があるはずだからと、クリエイターの家やおすすめの一品が雑誌の記事になりました。ラーメンにこだわる評論家が「こだわりのスープ」とメディアで喧伝すれば、そのラーメン屋に人が集まりました。「こだわる」というのは、妥協なく自分の美意識を実現させる勇気のある行動であり、勇気ある人がこだわりの人として尊敬されたのです。

しかし、「こだわる」は漢字で「拘る」と書きます。拘束です。拘泥、固執、執着って意味になります。そう、「こだわる」というのはもともと良い意味ではありません。固まって動きがとれなくなる状態であり、次の展開を妨げるものでした。

では、なぜ「こだわる」がポジティブな意味として世の中に受け入れられたのでしょうか。