ゼニスの“名機”、「エル・プリメロ」がたどった数奇な運命とは

なにしろ機械式狂いなもので #17

機械式時計には、“傑作”“名機”とあがめたてられるムーブメントが、いくつも存在する。《ゼニス》のクロノグラフ・ムーブメント『エル・プリメロ』も、そのひとつだ。

誕生は1969年。改良を加えられながらも、現代にまで至ったロングセラー機である事実が、傑作であるとの証。そしてこの誕生年は、クロノグラフを語る上で欠くことができない重要な年でもある。何故なら、クロノグラフ初の自動巻きが登場したから。しかも3基も。

ひとつは、ホイヤー(現タグ・ホイヤー)とハミルトン、ブライトリング、そしてムーブメントメーカーのデュボア・デプラ社の連合軍によるクロノマチック(キャリバー11)。もうひとつは、セイコーのキャリバー6139、そしてゼニスのエル・プリメロである。

これら自動巻きクロノグラフの元祖らは、それぞれに異なる設計思想で個性を競っていた。エル・プリメロ最大の特徴は、毎秒10振動というハイビートにある。

機械式時計は、振り子代わりのテンプが、左右に振れる動きに応じて歯車が進む・止まるを繰り返し、ゼンマイの巻き戻りを時の刻みに変えていると、このコラムの#4で述べた。エル・プリメロの毎秒10振動とは、テンプが1秒間に10回振動することを意味する。そして秒針と、その動きに準ずるクロノグラフ秒針とは、1秒間に10ステップを刻む。

つまりエル・プリメロは、1/10秒単位の計時を可能としたのだ。また、振動がより安定しやすいハイビートは、耐衝撃性にも優れる。ごく最近までエル・プリメロは、唯一無二のハイビート・クロノグラフ・ムーブメントでもあった。これが傑作と呼ばれるゆえんだ。

ところがこの傑作が、歴史から姿を消さんとしていた時期があった。図らずもその誕生の年、セイコーが初のクォーツ式腕時計を発表。瞬く間に、クォーツは機械式時計を駆逐することとなる。何度も触れた、1970年代にスイス時計業界に吹き荒れたクォーツ・ショックである。