スーツにおける本当のジャパンクォリティって何だろう?

モード逍遥 #1

日本の洋装は明治政府による礼服制度の大改革から始まった。刑部芳則著『洋服・散髪・脱刀』(講談社)によると、その移行はスムーズにいかなかったらしい。そこで伝統を重んじる和装派を抑えるため近代化に積極的な洋装派が例に挙げたのは、神話に登場する古代人の衣装だった。「袖や袴の細い洋服の着用は西洋の模倣でなく日本の原点に帰るものだ」というのである。

これほど我田引水的な論調ではないが、ジャパンクォリティを掲げるファッション業界の発想といささか似ていないだろうか? メイド イン ジャパン製品の見直しは、表向きは空洞化した地場産業の復興だが、経済的にはインバウンド市場の開拓にある。日本の生地を使い国内で縫製されたスーツをジャパンクオリティとするのは、外国人旅行者には分かりやすく、そこに安易な発想が潜んでいる気がする。

とはいっても、苛酷な環境でサバイバルしてきた日本の織物工場や重衣料の縫製工場はどこも技術レベルは高い。問題は、スタイリングディレクターやモデリストの平均化された発想と、工賃の上代をあらかじめ設定してモノ作りを進める下請け工場軽視の業界体質にあると思うのだ。

その結果、どこも似たようなスーツが出来上がり、これでは「日本製だからお高いらしいけれど、今までの中国産と比べてどこが違うの?」となるだけ。