「新しさ」が崇拝される日本酒の世界にも「熟成」はある

プチ熟成の例として、「冷おろし」なるお酒がございます。冬から春にかけて搾ったお酒を火入れ(前頁参照)して、そのまま冷えた蔵内で暑い夏を過ごさせます。秋になり、外気温が下がったところで今度は火入れせずにそのまま出荷する酒を「冷おろし」と呼ぶのです。

このお酒、数か月寝かせただけなのに、味わいにほんのり熟成感が出てくるのが魅力です。実りの秋の食材にもフィットする落ち着いた味わい。例えて言うなら、30代女子って感じでしょうか。新人時代の記憶もフレッシュにありながら、それなりの責任、失敗も経験し、「カワイイだけじゃ、ダメなのよ」と、花より団子、食欲の秋を満たすことにも精進していく世代です。

では、もっとディープな「熟成」とはどんなものかと言いますと、いわゆる「古酒」とか「秘蔵古酒」と呼ばれるカテゴリーになります。ボトルに入れた状態のお酒を、数年から数十年に渡って熟成させたヴィンテージ日本酒です。これらのお酒の特徴は、色合いが琥珀色になり、グラスに注げばとろけるような、絡みつくような、まったり感を醸し出す。

この味わいを一度経験すると、もうどうにも逆らえない快感がございます。しかも、この魅力、一言では言い表せないバラエティがありまして。女優さんで言えば、吉〇小百合さん、倍賞美〇子さん、八千〇薫さん……それぞれに抗いがたい魅力をお持ちの皆さまです。

さらに古酒の魅力は和風美人ばかりではありません。例えば、うちの蔵には、佐渡金山のひんやりした坑道内に数十年に渡って寝かしているお酒がございます。ここで出来た古酒の味わいは、まとわりつくような甘い色気よりも、深い知性を感じさせます。シャーロット・ランプ〇ングのような、すべてを見透かす瞳を持つお酒。ボトルの奥深く吸い込まれていくような……。かように古酒には、新酒にはないブラックホールの如き深みがあるのです。

ところで、この魅惑の古酒の世界にも、一つだけ気を付けなくてはならないものがございます。いわゆる酒業界では「老ね(ひね)」と呼ばれる劣化で、「老香(ひねか)」を漂わせるのが特徴です。老いた香り……まるで加齢臭のようですね。熟成と老ね。この似て異なるどちらの判定を下されるかで、古酒の評価が大きく変わってしまうのです。

アンチエイジングもいいですが、エイジングケアにも励みましょう。その努力も味わいの一つ、大事なエッセンスとなるに違いありません。

前項で、「日本酒の一生は、女性の一生にも似ています」と言いました。若く可憐な様も良いけれど、年齢を重ねて得た魅力も捨てがたい。熟成を「老化」と言うとついマイナスに捉えてしまいますが、要は熟して落ちる直前の果物のごとく、ホンモノの美味さは遅れてやってくる(こともある)ということを私は言いたいのでありました。