杯を重ねるように、新作ごとにまた次の作品が観たいと思う写真家・川内倫子の「光」

アートうたかたの記 #5

私事になるが最近気づいたことがある。

日頃飲み仲間には恵まれているほうだが、気の合うアーティストの飲み友ほど、その作品に対しても並々ならぬ愛着を感じているということだ。どんなに理念や技術が一人歩きしたとしても、アートは「人」のつくるものだから、当然といえば当然だが、それだけだろうか?

読後感ならぬ飲後感と、その作品から受けとるものとが驚くほど同じ人。新作にふれるごとにすぐにまた次の作品を観たいと思うように、ともに杯を交わしたくなる人。そのひとりが写真家・川内倫子である。

港湾倉庫の広大なスペースで、東京ではひさびさのまとまった個展が開催されている。

〈光〉は、デビュー以来、川内の作品世界の軸となるモチーフだった。

いま作家として、女性として、熟成を迎えた彼女の取り組みは、よりいっそう〈光〉の煌めきの深淵におりていく「行」か「ミッション」のようにさえ思われる。

展示は4つのシリーズで構成される。

今春、震災以前の熊本で市民とコラボレーションした《川が私を受け入れてくれた》。

「川が私を受け入れてくれた」

これは、かつて阿蘇で早春におこなわれる野焼きなどをとらえたシリーズ《あめつち》を通して、天空と結びあい、生命の連環を育んできた地球上のさまざまな現象に出会った川内からの、熊本の大地への返礼ともいえるだろう。

「天と地、光と影、陰と陽、善と悪、男と女。相反する要素が常にバランスをとることで成り立つ、私たちの住む世の理を感じました。その熊本で私が受け取った貴重な恵みをシェアできれば」と川内は語る。

写真家の目が他者の言葉を透過し、図らずも写し出した風景には、見知らぬ人たちの記憶に残された煌めきが宿っていた。

「太陽を探して」

「太陽を探して」は、ウィーンでの展覧会のため、アルプスの氷河、鍾乳洞、金貨(コイン)の鋳造所で撮影されたシリーズだ。いずれも地下で展開される現場で、水や鉱物のような無機物さえもが姿を変えて循環する様を追っている。

興味をもって調べるうちに、占星術では金が太陽を象徴することを知り、自身が無意識に「太陽を求めていた」ことに気づいたという。その瑞々しい思索の過程が、彼女のトレードマークであるローライフレックスの正方形のフォーマットで、寓話のように綴られていた。