森村泰昌は自画像の歴史のアンカー役となりうるか。

本展の基調となるのは、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ファン・エイク、デューラー、カラヴァッジョ、ベラスケス、レンブラント、フェルメール、ルブラン、ゴッホ、フリーダ・カーロ、デュシャン、ウォーホルといった、美術史上の絢爛たるスーパースターたちだ。

森村泰昌《私の中のフリーダ:にぎやかな飾り物(花輪)》2001-2009年 作家蔵
森村泰昌《私の中のフリーダ:にぎやかな飾り物(花輪)》2001-2009年 作家蔵

いつもながら驚嘆するのは、いずれも本人そっくりでありながら、同時に森村氏自身がそこら中に偏在する気配の強さである。

森村泰昌《自画像の美術史(カラヴァッジョ/マタイとは何者か)》2016 年 作家蔵

一方で、明治から昭和の激動の時代に翻弄されながら、懸命に西洋画を学んだ日本の近代画家たちのシリーズがある。

「僕自身の半生と重なって感情移入するんですね。挫折しながらも悪戦苦闘したアヴァンギャルドな夭折の画家たちが愛おしい。正当に評価しなければ彼らは浮かばれません」。

なかでも圧巻は、第2部で上映される全編60分を超える初の長編映像『「私」と「わたし」が出会うとき―自画像のシンポシオン―』だ。

森村泰昌映像作品《「私」と「わたし」が出会うとき―自画像のシンポシオン―》(2016 年 作家蔵)から
森村泰昌映像作品《「私」と「わたし」が出会うとき―自画像のシンポシオン―》(2016 年 作家蔵)から

上記の芸術家たちをキリストの12使徒になぞらえ、さらに森村氏自身を加えた計13人がそれぞれの芸術観を独白する。まことしやかに語られるその心情も思想も、もちろん彼らになりすました森村氏による創作である。

森村泰昌《自画像のシンポシオン》2016 年 作家蔵

「気分は出せていると思います。13人の芸術家が自らを語る告白。もちろん嘘ばっかりだけれども、心の奥底では“そうかもしれんよな”と思ってもらえるのではないかな」と森村さん。

ドキュメンタリー番組さながら「自らの業績と人生を訥々と語る」舞台となるロケ地はほぼ地元・大阪だ。

現代美術のギャラリーや、猥雑な街並、寂れた造船所跡などの見慣れた風景。そこには美術史研究を超えて、市井を生きる「わたし」の等身大のイマジネーションによって、芸術を生きる「私」とは何か?が浮かび上がる。

撮影にハードコアなドキュメンタリー作品で評価の高い映像作家・藤井光を起用したことも特筆すべきだろう。