東新橋の幻の寿司屋!? 「きよ友」は、あの倉俣史朗の傑作デザインであった

残念ながら今は亡くなってしまったが、最後の作品として思い出されるのが天王洲アイルにあった「ラピュタ」。90年、湾岸がにぎやかだったバブル絶頂期、天王洲アイルの最上階に「ラピュタ=天空の城」を創った。ガラスやアクリルを多用するなど、独特の煌きにあふれた作品は、時代を超えて夢の中にいるような不思議な感覚を呼び起こす。

他にも印象的なデザイン空間として、福岡ホテル イル・パラッツォ内「バーオブローモフ」、神田ヤマギワソフト館「ピアチェーレ」、六本木「ルッキーノ・バー」、赤坂「梅の木」(現存)などがある。ちなみにこの「梅の木」は倉俣氏の事務所に所属していた近藤康男氏が初めて担当した飲食店舗。

さて、「きよ友」に戻ろう。出版社社長、前持ち主が事情があって店を閉め、大家が次の借り手を探していることを知り、すぐに名のりを上げた。家賃を払い、店を再生しようと考えた。

扉の前に立っても、中は伺い知れない。顧客はバブル期ならではの羽振りのいい客筋。実は店内は営業していた状態のまま放置され、何事か事件でもあったのかと思わせる現場であった。

「倉俣デザインの空間の中で、大好きな江戸前寿司を味わえる。こんなすばらしいことはない。世界中のデザイン関係者に来てもらいたいから、あまり値段の高い店にしたくはない。でも、本格的な江戸前寿司じゃないとダメだ」という条件。

彼も日本の知り合いから、いろいろ人に当たっていたが、なかなかうまくいかず、結局、我々の元に話が来たときは、すでに三年近く家賃を払っている状況だった。私も文化的建造物の再生に少しでも役に立てえるなら、と受けることに。

という訳で、信頼できる寿司屋の親方に相談したところ、ちょうどいい職人が二人がいる、という。二人ともNYやハワイで仕事をしたことがあり、その店を任されるなら、と受けてくれることになった。

そこで、彼らの寿司のスタイルを味わうために、出版社社長がイギリスから飛んできた(いつもファーストクラス!だそう)。銀座界隈の名店はほとんど食べ尽くしていた彼は、四谷の親方のおまかせスタイルをたいそう気に入り、話はトントン拍子に進んだ……かに見えた。

ところが、ここから予想もしない方向へ。驚きの展開は次週へ。

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