これぞ「通好み」!? 新国立劇場のオペラ「アンドレア・シェニエ」はフランス革命版の龍馬伝

砂漠のような東京でも…週刊ファッション日記
~番外編 #4

初台の新国立劇場でウンベルト・ジョルダーノ作曲のオペラ「アンドレア・シェニエ」を観た(4月17日)。

第1幕:コワニー伯爵邸での舞踏会。貴族社会の崩壊近しを暗示する斜めの背景
第1幕:コワニー伯爵邸での舞踏会。貴族社会の崩壊近しを暗示する斜めの背景

「ヴェルディとプッチーニばかりがイタリア・オペラじゃあるまいし」と啖呵を切る「通」たちが偏愛するオペラである。オペラ台本の執筆もある小説家の島田雅彦がTV番組で大好きなアリアとしてこのオペラの「5月の晴れた日に」(主役シェニエの辞世の歌)を歌い、シッチャカメッチャカになったのを観たことがある。

新国立劇場合唱団指揮者の三澤洋史氏も同劇場のパンフレットで一番歌ってみたいアリアはこのオペラの「祖国の敵」(シェニエの敵役のジェラールのアリア)だと書いていた。いずれの歌も難易度が高くてプロの歌手でも苦労するアリアだ。

ジョルダーノは決してヴェルディやプッチーニのような根っからのメロディーメーカーではないから口笛で吹けるような旋律は書かない。このあたりに大衆的人気とは無縁の「通好み」の理由がある。

しかしアンドレア・シェニエは詩人にして剣の達人、穏健派だが革命支持の恋多き青年貴族というからさしずめフランス版の坂本龍馬だ。男も惚れる男の中の男。客席にもいつもより男性客が多かった気がする。

第2幕:詩人アンドレア・シェニエ(カルロ・ヴェントレ)とコワニー伯爵令嬢マッダレーナ(マリア・ホセ・シーリ)の愛の二重唱

このオペラはなんと言ってもフランス革命時の実話をベースにした台本(ルイージ・イッリカ作)がよく書けている。イッリカはプッチーニの「トスカ」の台本も書いているが、主役3人の構成や主役3人が全て死んでしまう結末など、2つのオペラはまるで双子だ。

音楽も響きが似ているが、ジョルダーノの名誉のために書くと「アンドレア・シェニエ」は1896年ミラノ初演、「トスカ」は1900年ローマ初演である。

新国立劇場には、世界に誇るべきプロダクションがいくつかあるが、2005年、2010年に続いて今回3度目の再演になるこの「アンドレア・シェニエ」もそのひとつだろう。

演出・美術・照明を担当したフィリップ・アルローの舞台美術が素晴らしい。第1幕はフラゴナール、第2幕はドラクロワ、第3幕はゴヤ、第4幕はフリードリヒの絵画がベースになっているというが、すべて斜めに傾いた背景など才気溢れるキッチュな造りが知的好奇心をくすぐる。

キッチュなだけでなくラストシーンはちょっと感動的で泣けた(ネタバレするので書けない)。とにかくこの舞台美術は一見の価値がある。

第3幕:革命裁判所で弁明する被告アンドレア・シェニエ
第3幕:革命裁判所で弁明する被告アンドレア・シェニエ

3人の主役はいずれも高水準。特に昨年の同劇場「トスカ」でトスカを歌った時は平均点程度だったマリア・ホセ・シーリ(伯爵令嬢マッダレーナ)はすっかり見直した。

主役のカルロ・ヴェントレは直球勝負の直情径行型のアンドレア・シェニアで迫力あるが、どうもこの劇場では詩人というよりアメフトの選手みたいな馬力型ばかりが登場している。ジェラール役のヴィットリオ・ヴィテッリはナイーブな演技と緻密な歌唱。有名なアリア「祖国の敵」で殆どの歌手がやる自虐的な笑いを交えなかったのが珍しい。

一番驚いたのはヤデル・ビニャミーニ指揮の東京フィル。最近の同劇場オーケストラは好調だが、今回もかなりのハイテンション。フォルティッシモは椅子から飛び上がるくらい。ただ音が大きいだけではなく、本当の戦慄を感じさせるのだから見事。

最近イタリアの20~30歳代の若手指揮者の台頭が目覚ましいが、このビニャミーニもそのひとり。とにかくスコアの読みの深さがハンパではない。

この「アンドレア・シェニエ」の公演は残すところ4月23日(土)の14時の回だけになってしまった。再演は5~6年後になるだろうし、その時はニュープロダクションになるかもしれない。今回是非観て欲しい。

 

撮影:寺司正彦/提供:新国立劇場