音楽とは因果で、酔狂なもの。アコーデイオンとコントラバスのmama!milk

2007年、生駒のソロプロジェクト「esquisse」を起点にあらたな冒険が始まった。主役は手廻しオルゴールを中心に、私が愛情を込めて「おんなこどもの楽器」と呼んでいるトイピアノ、リコーダー、コンサルティナ、グロッケン、カシオトーンなどの小さな音色だ。

これらが織りなすインティメイトな世界が、ダムタイプの藤本隆行/Kinsei R&Dが音の軌跡からすくいあげた光の中で繰り広げられる。何とか東京でもう一度体験したくて、再演の企画を原美術館にもちかけ、「エスキース・カルテット」(生駒祐子、二階堂和美、トウヤマタケオ、清水恒輔)による手作りの公演が実現する。

まさかライヴの仕込みにほぼ徹夜するとは思わなかった。最小限の音をひとりひとりの耳元に届けるため、市販の管を利用してローテクかつ精密な音響システムを発明していたのだ。(男子が設置に集中するあいだ、生駒や二階堂と台車に乗って庭園を走り回ったりしてごめんなさい。辛抱強い美術館スタッフにも感謝)

撮影:keizo maeda

2008年、mama!milkとして発表したアルバム「Fragrance of Notes」に寄せたテキストは筆者の彼らの音楽への憧憬にあふれている。

音楽とは因果で、酔狂なものだ。
胸を焦がした思いの記憶が、
何くわぬ顔で炙りだされることがある。

(中略)

抑制とゆらぎ。
成熟とふらつき。
重く滴る果実の豊潤を思わせる音楽。
したたかな抒情は胸さわぎをよびおこす。

新しいアンサンブルはスリリングで、空気の濃度や時間の流れをとろりと撹拌し、楽器はしなやかな身体の一部と化してしまう。

撮影:ryo mitamura

紅い腹を見せて人を翻弄する、いもりのようなアコーディオンのうねり。 迎えるコントラバスや鍵盤の役目は守るようでいてむしろ切なさをあおり、危うく音色ごとどこかへ運ばれてしまいそうだ。 きっと聴きこむうちにさまざまな思いがこのアルバムと過ごす時間を猥雑にいろどり、濃密に紡いでいくのだろう。

素面でこの音楽を聴くなかれ。極上の音楽には上質の酒が似合う。

(ちなみにこのアルバムに寄り添うのは、わたしならこんなお酒とおつまみ。オーク樽の薫りの白ワインには、蜂蜜をたらした洋梨とゴルゴンゾーラのタルト。あるいはスパイシーな赤ワインには、京都の白味噌と東京の赤味噌を半々にまぜた味噌床に3日と半日漬け込んだクリームチーズ。もしくは上等のショコラ、とろける間際に。)