グッチ100年の歴史は、まさにスキャンダラス・ラグジュアリーである!?

創業者グッチオ・グッチによって1921年に創設された『グッチ』は、2代目当主のパオロ・グッチを経て、3代目当主のマウリツィオ・グッチ時代に経営不振に陥り、アラブ資本のインベストスコープに売却。

マウリツィオの妻パトリツィアは『グッチ』の乗っ取りを画策していたがこの売却で失敗に終わり、その腹いせに1995年3月27日マフィアのヒットマンを7,000万円で雇い、マウリツィオを殺害する。

しかし2年後その企てが発覚しパトリツィアは逮捕され、懲役29年の判決が下されたが、昨年6月出所した。

インベストスコープ時代の『グッチ』は、1994年クリエイティブ・ディレクターにトム・フォードというアメリカ人を指名して、大ブレークを果たす。

その後インベストスコープは大儲けして株式を手離し、グッチ社は上場企業になるが、これを狙ったLVMHが買収に動き、買収寸前までいったが、従業員持株制度用としてあった株式割当て枠を使って増資し、買収は寸前で食い止められた。

この際に救世主としてその株式を買ったのが、フランスの流通資本PPR(現ケリング)だ。PPR(現ケリング)から得た巨額の資金で『サンローラン』、『バレンシアガ』、『ボッテガ・ヴェネタ』、『ブシュロン』、『セルジオ・ロッシ』などのブランドの買収を行ったために、『グッチ』はラグジュアリー・ブランドを複数抱えるマルチブランド帝国になる。

これを主導したのはトム・フォードとCEOのドメニコ・デソーレの名コンビだった。が、PPR(現ケリング)は『グッチ』再興の立役者だった2人を追放し、ケリング(旧PPR)のオーナーであるピノーファミリーの治世になって現在に至っている。ここまで書いてくると、まさにラグジュアリー・ブランドを舞台にしたファッション三国志である。