両足の欠損した「自分自身をさらす」行為を通して、片山真理は人間の「無力」と「無限」を同時に表現する

アートうたかたの記 #2

「自分自身をさらす」という行為について、日々何度でも違う角度から思いをはせる。パフォーミングアーツを仕事の領域にしてから、アーティストが人前で自分を見せ、語り、時には投げ出すことの意味や方法論を考える癖がついてしまった。

片山真理は先天的な足の病気をもって生まれ、9歳のとき両足を切断する決意をし、義足で生活している。彼女の生活も創作活動も、その特別な身体性と切実なライフラインである義足との関わりなしには存在し得ない。

©Mari Katayama 森美術館「六本木クロッシング 2016展:僕の身体、あなたの声」展示風景
©Mari Katayama 森美術館「六本木クロッシング 2016展:僕の身体、あなたの声」展示風景

地元・群馬で過ごした少女時代、現実的で気丈な母親は、娘が自活できるよう技術や資格(手芸から会計士やプログラマーまで)を身につけさせた。さらに同級生の陰湿ないじめや差別(信じがたいことだ)に抗うため、片山は自分自身を強く、誇り高く見せる術を会得したという。

キュレーターの故・東谷隆司の励ましに支えられ、現代美術に表現の場を得た彼女は東京藝術大学大学院へ進学し、一人暮らしを始める。大学では小谷元彦や鈴木理策に彫刻や写真の技術指導を受けている。