「別名保存」された長島有里枝の「生活と意見」

アートうたかたの記 #1

写真家の記憶のデスクトップには“別名で保存”したファイルがいつまでも散らばっている。

長島有里枝が木村伊兵衛賞を受賞した写真集「PASTIME PARADISE」(2000年)の硬いページをめくりながら思う。

誰が言ったか知らないが、終わった恋を「女は上書き保存、男は別名保存」するのだとか。いまどき出会いも別れもドライなのが潔くてかっこいいらしい。

少なくとも彼女の写真は最初から一葉一葉が永遠に上書きのできないアートである。甘美なもの、ビターなもの、挑発してくるもの。すべて硬いかさぶたさえ完全に剥がさず、皮一片で残っている。

Torn blankey (about home)
2015
35.6×27.9(ペーパーサイズ)
ゼラチンシルバープリント

長島有里枝と初めて会ったのは、この写真集の最後のほうにもあるグラフィティアーティストのカップル、TWISTことバリー・マッギー、亡きマーガレット・キルガレンとの『BRUTUS』誌のためのインタビューだった。(裏ページの浴衣の女の子はそのとき彼らの展示を主催していたALLEGED GALLERY TOKYOのオーナーの娘だ)

鼻ピアスをして、鋭く光る猛禽のまなざしをもった「ガールズフォトの旗手」との現場は、思いのほか寛いだ雰囲気で、ゆったりとした時間が流れていた。

その後も同誌で、当時自身の名を冠したブランドを追われてフリーだったデザイナーのジル・サンダーを招いた特集で一緒になった。そのとき彼女が「も〜、早くアートでやっていけるようになりたいよ」とぼやいて、わずかに焦燥をのぞかせたことを覚えている。

ちょうどその頃から、長島の芸術写真家としてのキャリアは一挙にメインストリームへと進んでいった。

元スタントマンでアクション俳優の年下の夫を慈愛に満ちた視線で追った写真集「not six」(2004年)を発表する少し前に、彼女は一児を授かる。

「Candy Horror」展(2004年 SCAI THE BATHHOUSE 以下、特に表記のない個展全て)はすさまじい展示だった。妊娠中のセルフポートレートを含め、日常にひそむ違和感や空虚、恐怖が、見過ごされることなく、キツい目線で綴られていた。

その会期中、撮影会が行われたのが、赤の他人同士による家族写真のシリーズ「Family Portrait」(2005年)で、“四人姉妹の長女”として筆者も参加している。

Family Portrait 2005 64×53cm C-print
Family Portrait
2005
64×53cm
C-print

これまで身体の延長のような家族や友人との親密な関係を拠り所としてきた写真家は、この作品で初めて直接的かつ作為的に、人と人との微妙な距離感を炙りだそうとした。

背景にはシングルマザーとしての子育ての奮闘があった。

これについては2009年に刊行された小説集『背中の記憶』(講談社)をめぐる長島自身の文章「すがるように書いたもの」を読んでほしい。(http://kodanshabunko.com/afterword/afterword_03/201507.html

「ただ生きていくうえで、そのときできる最善のこととして、この本を書いただけだった」と独白する写真家の文筆家としての才能は彼女自身を救うこととなる。

2010年のひさびさの個展「SWISS+」、翌年の「What I was supposed to see and what I saw」(1223現代絵画)で発表された新作は、これまでのどのシリーズとも違う湿度と質感で、観るものの胸を打った。

2007年、スイスの芸術村Village Nomadeのレジデンシープログラムに、長島は5歳の息子を連れて参加する。その庭で花々を撮影するようになったのは、25年ほど昔に祖母が撮影し、大切に箱にしまっておいた花の写真にインスパイアされてのこと。

Installation Shot of grandma’s flower photos No.1 祖母の花の写真のインスタレーションショット 2007 41.2×27.5cm C-print
Installation Shot of grandma’s flower photos No.1
祖母の花の写真のインスタレーションショット
2007
41.2×27.5cm
C-print

祖母が遺した花の写真を壁に留めて眺め、宿舎の庭をそぞろ歩くうち、自然と花の姿に向かうようになったという。

さらに英国王立植物園で連作は続けられた。植民地政策の副産物ともいえる英国の植物学研究とボタニカルアートの歴史を支えてきたこの庭園では、整然とオーガナイズされた花壇に、名札を下げられた植物がすました顔で鎮座する。

Plants with labels #24
名札付きの植物
2007
86×57cm
C-print

清楚な面差しの花々と、青い空や緑の樹々が織りなす刺繍のような風合い。そのなかにどこか「社会」や「家族」の有り様にも似た花の立ち姿や表情をとらえるまなざしは瑞々しい。

デビュー以来「家族」というテーマのもとに創作してきたアーティストの視線は、亡き祖母の目を透過して花と向き合い、自身を取り巻く生活の実感を静かに見つめていた。

「どれほど壮大な夢想をしていようとも、人が思考するときに目に映るのは、自分の寝室のように慣れ親しんだ、些細な風景である」と、そのときの彼女のステイトメントにある。

いま開催中の個展「家庭について/about home」(MAHO KUBOTA GALLERY)でも、写真の背景には、長島が母と共作で家族の衣類や生活用品の布を縫い合わせた、秘密基地のようなテントがあった。

Shelter for our secrets
2016
ミクストメディア

長年水泳の先生をされて、長島家を裸族にした張本人という彼女のお母さんは威勢のいい、おおらかで温かい女性だ。「力強い母親」の存在というものは、我が子のいるいないを問わず、娘にとって、そして女性作家にとって、絶大な影響力と支えになりうる。

ここでも作家と母親との強い結びつきは、この写真とテントとの関係に象徴されていると感じられた。

長島有里枝の「生活と意見」である写真たちは家族との関わりと共にある。それはこれまでどおり紛れのない事実であり、同時に刻々と変化していく。

デスクトップに散らかった数多のファイルのように、どうにも片付かない人生の記憶。それらは上書きされずゴミ箱にも行かず、いつでも向き合えるように新しい名を付けられて保存される。永遠に。

それがかっこわるいと誰が言えるだろう。だからこそ彼女の写真は最初からかけがえのないアートフォトであったのだ。

 

information:

長島有里枝展「家庭について/about home」

会期:2016 年3月 16 日(水)- 4月 23 日(土)
場所:MAHO KUBOTA GALLERY
東京都渋谷区神宮前 2-4-7 1F
http://www.mahokubota.com

<長島有里枝>

1973年東京生まれ。1993年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン科卒業。1999年California Institute of the Arts MFA修了。
2015年武蔵大学人文科学研究科博士前期課程修了。
2000年、写真集「PASTIME PARADISE」で、第26回木村伊兵衛賞受賞。
2010年、初のエッセイ集「背中の記憶」で第26回講談社エッセイ賞受賞。

近年の主な展覧会に「5 Comes After 6」( UTRECHIT /2015年 ) 、「拡張するファッション」(水戸芸術館現代美術ギャラリー/2014年)、「What I was supposed to see and what I saw」(1223現代絵画 /2011年)。
主な作品集に「YURIE NAGASHIMA」(1995年)、「家族」(1998年)、「PASTIME PARADAISE」(2000年)、「SWISS」(2010年)、「 5 Comes After 6 」(2014年)。

大学在学中の1993年に家族のポートレイト写真を出品した美術公募展「URBANART#2」にてパルコ賞を受賞、これが実質的なアーティストデビューとなる。以後、主に自身と周囲の人々との関係性をテーマに国内外の展覧会や写真集を中心に作品を発表し続ける。初のエッセイ集が評判となった2010年以降、文筆の分野での活躍も期待されている。

 

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