ローラン・ペリエと河瀬直美監督の美しい背中を愛でる!? これだからパーティはやめられない

砂漠のような東京でも…週刊ファッション日記 #9

日本のパーティーでシャンパン(シャンパーニュ)が本格的に供されるようになったのは1990年以降だ。

それまではウイスキーの水割が主役だった。日本酒の1合瓶などもテーブルには置かれていた。なぜシャンパンが登場したのか。

私見だが、1984年に「ディオール」を手中にしたベルナール・アルノーがその次の標的にしたLVMH(モエ ヘネシー・ルイヴィトン)の買収に1989年に成功したのが遠因ではないかと思っている。

すでにブランデーの「ヘネシー」は銀座を中心に日本のクラブを席捲していたのであるが、シャンパンはそれほど2普及していなかった。しかしアルノー傘下になったLVMHのグローバル・マーケティングは、例えばF1レースの表彰セレモニーなど、シャンパンを身近なものにすることに成功した。

日本ではホストクラブを始めとしたシャンパンタワーがシャンパンの普及に一役買ったようである。