曖昧さが持つ可能性、あるいは勝手に逃げろ!

曖昧さが持つ可能性、あるいは勝手に逃げろ!

【#1はこちら】

そう、私は何からも卒業していない。なぜだろうと考えるに、「もうこれは卒業!」と決めつけてしまう息苦しさから逃れたいからではないだろうか。

昔から、曖昧なものや宙ぶらりんなもの、両義的なものが好きだった。それはおそらく子供の頃に親しんだ探偵小説が提示した、物事を一方向から決めつけて見ることで生じる陥穽、やや長じて触れた幻想文学の現実とも非現実ともつかない世界、映画の解決されないエンディングがもたらす不思議な余韻などによって育まれた。

1+1は2、ではなく、より大きな1という可能性もあるんじゃないか。そんな風に考えるような子供だったので、数学と物理の成績は芳しくなかったことをここに謹んで告白しておこう。

ともあれ、このように決めつけないでいることは、対象の認識において実に自由である。