ありがとう魔の落とし穴は、とても深い!?

心のふきだし #5

「人に感謝しましょう」「ありがとうと言いましょう」。

最近、こんな言葉をよく見聞きする。

コミュニケーションの潤滑油として誰もが必要だと再認識しているせいだろうか。雑誌のインタビュー記事に載っていたり、ビジネス本に書かれていたり、知り合いとの会話でもよく出てくるフレーズだ。

そのせいか、ちょっとしたときに「ありがとう」を連発している人に出会う。

レストランに行ってウエイターにサーブされて「ありがとう」。何かを質問して答えを得て「ありがとう」。資料を渡すと「ありがとう」。

あまりにも頻繁に「ありがとう」を耳にすると、「そういう啓蒙本でも読んで影響を受けているのかしら?」とか「本当は思ってもいないのにものすごく意識して言っているのかしら?」と、ついついうがってしまう。もちろん言わないよりも言ったほうが100倍いいとは思う。

けれども「ありがとう」を連発する人ほど、実は肝心なときに「ありがとう」が言えていない。

私が営業の現場で働いていた頃のこと。当時は、何社もクライアントを抱えていたから、そのクライアントにアプローチをして欲しいと、出版社からいろいろな相談を受けた。「あのクライアントにこれをセールスして欲しい」「この企画が全然決まらなくて困っているからクライアントに協力してもらえないだろうか」「例のクライアントに一度、会わせて欲しい」。

出版社と広告代理店の私たちとは、持ちつ持たれつの関係。こちらからも日頃たくさんのお願いごとをしているから、先方からのお願いごとはできるだけかなえたいと思っていたし、彼らが喜んでくれる顔が見たかった。

いろいろ頑張った結果、期待に応えられたとき、私はすぐに報告をした。共に喜びを分かち合いたかったから。そして、ほとんどの人は、すぐに「ありがとう」と言って喜んでくれた。仕事をしていると、報われない思いをすることも多いし、意見がぶつかり合うこともある。でもこういう瞬間が大好きだった。

けれども、ある広告部の男性は、いつも私が「契約が決まった」と連絡すると、決まって「あ、そう。では、次回の打ち合わせは~」と、「ありがとう」をスルーしていた。彼は、日頃はよく「ありがとう」と言っているのに、こういう肝心なときには、心が次のことへスッと移ってしまうのだ。

「どういう条件?」「打ち合わせのスケジュールはどうする?」。一向に「ありがとう」という言葉は出て来ない。

「ありがとう」を頻繁に口にしている人は、もしかしたら「ありがとう」という一言の価値が下がってしまっているのかもしれない。必要なときに、たった一言、心を込めて言う「ありがとう」の重みを忘れているのかもしれない。

無駄な「ありがとう」を連発するよりも、本当に伝えるべきときの、たった一言の「ありがとう」。この言葉があるかないかは大きく違う。

人と接していて「あれ、さっきまでご機嫌だったのに何だか機嫌が悪くなったな」とか「話をしているのにノリが悪いな」と感じたとき「この人は、難しい人だ」と片付けてしまわないほうがいい。きっと、相手にとってなにかしっくりしないことがあり、わだかまりがあるからだ。そしてその原因は、実は自分が発したたった一言、もしくは発しなかった一言に原因がある可能性がある。

お金を払ってセミナーに通ってビジネススキルをあげようと頑張るのもいい。けれども、うまく仕事がいっていないその原因は、マーケット分析ができていないからではなく、消費者心理がわかっていないからではなく、プレゼンが下手だからでもない。

もしかしたら、たった一言「ありがとう」と、言うべきときに言っていないだけなのかもしれない。

人間関係には、自分では見えていない大きな落とし穴がある。そして「ありがとう」の落とし穴は、とても深い。

 

Illustration:Nao Sakamoto