涙がチョチョ切れる「オデッセイ」の70年代ディスコ・ヒット

オトコ映画論 #3

『オデッセイ』は、『エイリアン』(1979)、『ブレードランナー』(1982) のリドリー・スコット監督による宇宙ものの傑作である。邦題の『オデッセイ』に文句を付ける人がいるが、原題はホメーロスの古代ギリシアの叙事詩『オデュッセイア』から来ている。主人公オデュッセウスの10年間にわたる漂泊が描かれるのだが、ここでは「(地球に) 帰れない火星の人」を指す。そういえば、SF映画の金字塔的作品『2001年宇宙の旅』は原題が「宇宙のオデッセイ」だった。

もちろん人類はまだ火星の表面に立っていないので、これはよく出来た作り話だ。主人公はマット・デイモン扮する宇宙飛行士マーク・ワトニーで、彼がおよそ4年間にわたって「ひとりぼっち」になってしまう。

まず導入部、火星の表面で、6人ぐらいの宇宙飛行士たちが基地を作って調査をしている。そこへ火星の大砂嵐が到来する。アンテナが突風に煽られ(あたり一面真っ暗になって)、主人公マークの胸にグサリ。みんな彼が死んだと思い、彼を残して地球に飛び立ってしまう。残された燃料もわずかしかなった。

ところが主人公は比較的軽傷で、生きていたのだ。彼を救いたい。しかし、次のロケットが火星に着くまで、4年ものあいだ「ひとりぼっち」で生きながらえなければならないのだ。

火星というのは空気がなくて、地球の200分の1しかない。ほとんどが二酸化炭素で、燃料である水素から酸素を作り出したりして、水、空気、電気を確保すると、持ち前の植物学者としての知識をフル活用し、火星の土(ほとんど砂漠だ) とクルーたちの排泄物をもとに耕作用の土を用意し、ジャガイモの栽培に成功するのだ。

『オデッセイ』大ヒット公開中! © 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.
『オデッセイ』大ヒット公開中!
© 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

マークはマーズ・パスファインダーを見つけ、その通信機能を復活させ、地球と交信に成功。NASAでは急遽、追加の食料を積んだ輸送用ロケットを打ち上げるが、あわれ発射時に失敗してしまう。NASAのロケットによる支援ができなくなったいま、中国国家航天局から助けが提供され、救助のためのロケットを中国のロケットが引き受け、地球軌道に乗せることに成功する。

4年間も「ひとりぼっち」なんて、ものすごい絶望的な状況である。その彼の心を唯一慰めるのが、ジェシカ・チャステイン演じる宇宙船船長が残していったCD。それがなぜか、船長の趣味の、1970年代ディスコ・ヒット曲集だったのだ。

“私を置いて行かないで”というセルマ・ヒューストン「Don’t Leave Me This Way」、“あなたが去ったとき、私もう生きていけないわ”というグロリア・ゲイナー「恋のサバイバル(I Will Survive)」、“今夜は私、熱いモノがほしいの”というドナ・サマー「ホット・スタッフ(Hot Stuff)」、“中国もアメリカもロシアも協力しようよ”というオージェイズ「ラヴ・トレイン(Love Train)」などなど。

さらに詳しく書けば、ヴィッキー・スー・ロビンソン「Turn the Beat Around」、ヒューズ・コーポレーション「Rock The Boat」、ABBA「恋のウォータールー(Waterloo)」などが流れるのだ。

それで、NASAが何とかして彼を助けようとしてみんなで作戦を立てるシークエンスに流れるのが、デヴィッド・ボウイ「スターマン(Starman)」なのだ。お気づきかもしれないが、これらの1970年代ディスコ・ヒット曲集は、主人公マークの心情と明らかに完全にリンクしている。

これはマーヴィン・ゲイ&タミー・テレル「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」が流れる『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2015) と同じパターンで、むしろ絶望的な状況の映画全体を楽しくする効果がある。この作品は、日本時間2月29日午前、現地時間2月28日夜に発表されたアカデミー作品賞にノミネートされていた。この楽しい音楽のおかげで、作品賞候補作品の中でも、最上位の部類。深刻で絶望的な話なのに、何度でも観たいと思わせるのだ。


♫David Bowie – Starman
この動画は文章を説明するためのもので、20世紀フォックスからコピーライト権は取得していません。

この「スターマン(Starman)」は、“宇宙の男があの空の上でみんなを待っているよ”という、1972年のデヴィッド・ボウイ5枚目のアルバム『ジギー・スターダスト(The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars)』のA面の4曲目に所収された名曲である。

同じボウイなら、1973年のアルバム『ハンキー・ドリー(Hunky Dory)』の中の曲に、そのものズバリ、「火星の生活(Life on Mars)」という曲があるが、こちらはスローテンポのバラードで、映画の調子と合わないので、外されてしまった。とはいえ、「スターマン(Starman)」のイントロが流れるだけで、涙がチョチョ切れる。南シナ海ではキナ臭い中国とアメリカの関係だが、こと映画の世界では至極平和なようだ。

この映画で唯一不満な点がある。昨今の嫌煙ブームのなかにあって、『アポロ13』(1995) ではラスト、地球の管制官たちが「セレブレーション・シガー」をくゆらせたものだが、この美しい風習が丸々カットされていたことだ。

最後に『2001年宇宙の旅』で3つしかなかった(たとえば、無重力な船内でストローを液体がツツーと落ちる)科学的正確性についてだが、火星の重力は地球の40分の1で、リドリー・スコット監督はあえてその差を再現しなかった。また、火星の嵐は風速が時速190キロにも達するが火星の大気圧は非常に低いので、宇宙船に物質的ダメージを与えるほどの風を発生することはできないのである。科学的正確性が少なければ少ないほど良しとされるが、そんなの捨て去って、リドリー・スコット監督は観客への「わかりやすさ」を選んだのだ。

 

参考:

David Bowie「Starman」 – You Tube

 

Image Photo:ktsdesign/shutterstock