ダイヤでも金でもなく、高音質のミニッツリピーター6,000万円

なにしろ機械式狂いなもので #3

仮にピカソをまったく知らない人が彼の作品を見ても、それにとてつもない価値があるとは思いもよらないだろう。機械式時計も、また同じだ。

時刻表示以外の様々なメカニズムを搭載するコンプリケーションと呼ばれる複雑時計は、時計に興味のない人には信じられないほどに高額であることが多い。前回、1月にジュネーブで開催された新作時計発表会SIHHでお披露目されたカルティエの2つのモデルを例に、近年の時計界はベーシックなモデルと高額な複雑時計との二極分化の傾向にあると書いた。

複雑時計市場を支えるのは、熱狂的かつ超リッチな時計コレクターだ。世界各地に少なからずいる彼らの多くは、新しいメカニズムに他には代え難い優れた価値があると判断したら、対価を惜しまない。数千万円や1億を超える新作時計の商談がポンポンと決まっていくのは、レアなケースではない。

オーデマ ピゲが今年のSIHHで発表した『ロイヤル オーク コンセプト・スーパーソヌリ』は、そうした超リッチな時計コレクターに向けた複雑時計だ。税抜予価は、5,975万円。

右が構造図。リング状の2つのゴングは、その下の音響板に取り付けられる。音響板をカバーする裏蓋には音を逃がすスリットが設けられている。
右が構造図。リング状の2つのゴングは、その下の音響板に取り付けられる。音響板をカバーする裏蓋には音を逃がすスリットが設けられている。

ご覧のようにダイヤモンドが散りばめられているわけでもなく、ケースもゴールドではなくチタン製。6,000万円近い価格の理由は、クロノグラフとトゥールビヨン、そしてミニッツリピーターを備えるムーブメントにある。

中でもミニッツリピーターのメカニズムにおいて、このモデルは他にはない価値を有する。ミニッツリピーターとは、現在時刻を音で教えてくれる複雑機構のひとつ。ムーブメントには音色が違う2つのゴングと、それぞれを打ち分ける2つのハンマーを備えている。

ケースサイドにあるレバーをスライドすると作動して、例えば3時18分であれば、まず1時間単位の音色がチン、チン、チンと3回鳴り、続いて2つのゴングを連続して打ち、15分単位を知らせるキンコンとの音が1度鳴り、最後に分単位の音がチン、チン、チンと3回鳴る。つまり1時間単位3回+15分単位1回+分単位3回で、3時18分だと教えてくれるのだ。

その機械は1時間、15分、分の各単位の今の数値を読み取り、それぞれの数をハンマーを動かす機構に伝達し、正確な数だけ動かすよう制御して、さらに打ち鳴らす速度が一定になるように調速して……と、いつものメカニズムの連携が必要になり、極めて複雑だ。

さらにクロノグラフとトゥールビヨンとを備えるこのモデルのムーブメントは、実に478個ものパーツで構成されている。ムーブメント全体の大きさは直径29.9mm、厚さ8.28mm。各パーツがいかに小さく精巧に作られているか、想像いただけるだろう。

これらが正確に作動するよう組み立てるには特別な職人技術が必要で、腕利きの時計師が専従しても年間で作れるのは、ほんの数個だけだ。オーデマ ピゲは、このモデルでミニッツリピーターが時を知らせるゴングの音質と音量とを大きく革新した。

きっかけは、楽器製作者との会話だった。自社のミニッツリピーターの素晴らしさを力説する開発者に対し、楽器製作者は「何故、ギターの上にモノを置いたまま演奏しようとするんだ?」と尋ねたという。

これまでの同社のミニッツリピーターは、音を鳴らすゴングがムーブメントの外周に取り付けられていた。いくつものメカが連動しながら、最終的にゴングを打ち鳴らすことが目的なのだから、当たり前の設計であり、他社のミニッツリピーターもほとんどが同じ構造を採る。

しかし楽器演奏者は、「ギターの弦の周囲に色々なものが置くと音が悪くなり、音量が小さくなるのと同じで、ゴングが接するものは少ない方が音色も音量も改善されるはず」と、説いたのである。この言葉に触発された開発者は、4年の社内開発の後、ローザンヌ工科大学に協力を依頼して、ミニッツリピーターの音質と音量との解析に取り組んだ。そして約10年の歳月をかけ辿りついたのが、ゴングをムーブメントから切り離し、特殊な合金製の音響板に設置する設計だった。

同時に作動させるメカニズムも音質を邪魔しないよう手直しを図り、さらにゴングの製造方法も改良。かくしてこれまでにない豊かな音量で美しい音色を響かせるミニッツリピーターが完成した。ゆえにこの時計は素晴らしい価値を持つ。

今のIC技術を使えば、現在時刻を音で知らせることは容易い。iPhoneのSiriやスマートフォンのGoogleアプリに「今何時?」と尋ねれば、声で教えてくれる。しかしこれを金属の小さな部品の連なりだけで実現することに、機械式時計ならではのロマンを感じずにはいられないのである。

商品情報:

ロイヤル オーク コンセプト・スーパーソヌリ
手巻き、チタンケース/直径44mm/予価5,975万円/9月発売予定
問い合わせ先:オーデマ ピゲ ジャパン
Tel.03-6830-0000