私がレストラン批評にはまるまで!?

レストラン熱中派 #1

これから週に一度、書いていきます、レストランジャーナリストの犬養です。

テーマはレストランに関するすべて。NEW OPENを追っかけるのではありません。忘れてはならない伝説の店、個人的に気になる店などを取り上げながら、東京や日本のレストラン文化というようなものに少しでも触れられればと思います。

第1回は、いったい私がどうやってこの仕事を始めたのか? 質問されることが多いので、そのスタートをちょこっとお話しましょう。

私は東京生まれです。中学生の頃からアンアンやノンノを見て原宿を歩くのが大好きでした。

表参道と明治通りの交差点にあったセントラルアパートの中をくまなく見て歩き、同潤会アパートの裏手にあったティールーム「けやき」で紅茶を飲み、紀ノ国屋ではサーモンペーストを買うのが楽しみ、という背伸びした中学生でした(背伸びしなくても身長170cm、大学生にしか見えなかったけど)。

将来は雑誌をつくる仕事をすると決めていたので、大学1年の夏休み、憧れのアンアン編集部をいきなり訪ねました。編集部に人が集まるのは夕方以降という事情を知る由もなかった私は、留守番の人に剣もほろろに追い出されみごと撃沈。

仕方なく銀座周辺の出版社を探してみたら、当時珍しいタウン情報誌『アングル』の編集部をみつけました。

この雑誌は地方から上京してきた学生や新社会人のための“東京で暮らすためのマニュアル誌”。

モノクロの誌面にはラーメン屋特集もあれば、神田古本屋街の地図特集もある。つまり、おしゃれなアンアンとは対極にあるダサい雑誌だったのです。

でも、落ち込んでいた私は「これなら東京生まれの私の知識が少しは生かせるかも」と考え勇気を振り絞って尋ねました。運よく編集部は人手不足で、明日から来てもいいと言われ、いきなり私のマスコミ生活が始まったのでありました。

1980年当時、情報誌と言えば映画・演劇のスケジュールの『ぴあ』『シティロード』、そして食べ物屋、暮らしの情報なら『アングル』くらいしかありませんでした。

『アングル』は月刊誌と別に別冊『街と地図の大特集』『いい店、安い店』(食通のバイブル、文藝春秋『いい店うまい店』とは違い、日常使いの店ばかりの本)がよく売れていて、改訂版などを合計すると100万部を超えるという、今では考えられない部数を記録していました。

私の仕事は改訂版のために、電話で記事を読み上げ(メールもFAXもないのだから!)、変更がないかを確認するだけ。その後、自分の名前ででレストランのことを書くようになるには15年以上も後。けっこう下積み長かったんです~。

ちなみに、最初に自分でお金を払って食べたレストランは、『アングル』で知った西麻布「ビストロ・ド・ラ・シテ」。この店に関しては残すべき話がいっぱいあるので、いずれ改めて書くことにします!

 

image Photo:jukurae / PIXTA