アップルでなくアルプ・ウォッチ!?

なにしろ機械式狂いなもので #1

記念すべき第1回目の冒頭で、昨年の話題はふさわしくないかもしれないが、敢えて触れたい。

2015年、時計界で一番の話題をさらったのは、4月24日に発売された『Apple Watch』だった。説明の必要はないであろう、『iPhone』と連携するアップル社初のウェアラブル端末、いわゆるスマートウォッチである。

IT関連に強いグローバルな市場調査会社Canalysのリポートによれば、『Apple Watch』は発売後6か月で累計700万台を突破し、成功を納めているという。

スイスの時計業界は、この成功をただ指をくわえて見ていたわけではない。

8月にはフレデリック・コンスタントが、アナログ式の高級時計の外観そのままにスマートフォンと連携する機能を備えた『クラシック インデックス オルロジカル スマートウォッチ』を発売。さらに11月には人気時計ブランドのタグ・ホイヤーが、インテルとグーグルとパートナーシップを結んで生まれた『タグ・ホイヤー コネクテッド』が発売され、時計ファンの間で話題となった。

2015年は、時計界にとってスマートウォッチイヤーだったのである。

この流れはやがて大きな潮流となって将来、機械式時計はスマートウォッチに駆逐される……ことは、多分ない。何故なら機械式時計は、最新技術の登場による滅亡の危機から、見事復活を果たした経験があるからだ。

メカニズムを積むプロダクトは、より高性能な技術が開発されると、一気に世代交代する運命にある。

ブラウン管のテレビは液晶に取って代わられ、スチールやムービーのカメラはデジタル化された。アナログのレコードがCDに駆逐されたかと思えば、今やネット音楽配信が主流になりつつある。車も電気自動車や燃料電池自動車が現実のものとなり、いずれ内燃エンジンはなくなるだろう。

機械式時計も、かつて同じ道を辿ろうとしていた。1969年、セイコーが腕時計で初めて実用化したクォーツ・ムーブメントによってである。多くを職人の手業に頼る機械式とは違い、安価に大量生産ができる上に精度も遥かに高いクォーツは、たちまち時計界を席巻した。これをクォーツ・ショックと呼ぶ。

1970年代、機械式時計は冬の時代を迎えた。どれほど衰退したかと言えば、スイスの時計学校で機械式の授業を取りやめたほど。いくつもの時計メーカーが潰れ、多くの時計師が職を失った。

しかし1980年代に入ると、スイスの機械式時計は反撃に転じる。安価なクォーツに対抗すべく、デザインや手仕事による丁寧な仕上げに凝り、機械式だからこそのメリットを強烈にアピールし始めたのだ。それはイメージ戦略であったとも言えよう。

実際、機械式時計は、魅力的だ。ゼンマイを巻き自ら命を吹き込むという行為、あるいは小さな部品が一生懸命時を刻むけなげな様子は、ロマンティックですらある。

19世紀初頭にほとんどの機能のベースが完成された機械式時計は、クォーツと違って修復が可能で、メンテナンスを怠らなければ100年以上使え、子子孫孫に受け継げる。そして何より手仕事であるがゆえ、ムーブメントの姿は工芸品の如く美しい。

1990年代以降、機械式時計は高級路線を打ち出すことで復権を果たし、安価で便利なクォーツとの住み分けに成功した。スマートウォッチとも、住み分けられていくであろう。

実際、機械式に誇りを持つスイスの時計ブランドの多くは、スマートウォッチの登場に対し、悠然と構えている。H.モーザーもそのひとつだ。一般的な知名度はまだ低いが、時計ファンの間では優れた技術で世界的に高く評価されるスイス・シャフハウゼンのメゾン。

写真は、その最新作である。丸みを持たせた角型ケースに見覚えがあるだろう。モデル名は『スイス アルプ ウォッチ』で、同社CEO曰く「時間の表示というたったひとつのアプリケーションを搭載したスマートウォッチ」。

これは誇り高き機械式時計の作り手からの『Apple Watch』への挑戦状なのか、パロディなのか、それともオマージュなのか?

私自身は、いかに高性能なスマートウォッチが登場しようとも、機械式時計は決して廃れることはないとの、余裕の産物だと捉えた。同社独自のフュメと呼ばれるダイヤル仕上げは、色がグラデーションする様子が実に美しい。ケースに合わせた角型のムーブメントは、スイス伝統の丁寧な手仕上げによって豊かな美観を表し、精度やメンテナンス性にも優れている。職人たちが持てる技術の粋を結集し、真剣に遊んだ高級時計は、多機能ではないけれど、身に着ける人の心を豊かにしてくれる。

こんなにユニークなモデルが登場するから、機械式時計への興味は、尽きないのである。

 

商品情報:
スイス アルプ ウォッチ/世界限定50本。
手巻き、ホワイトゴールドケース。縦44×横38.2mm。予価300万円。
4月発売予定。
問い合わせ先:イースト・ジャパンTel.03-3833-9602

 

Photos:H. Moser & Cie , Easy Touch Images / Shutterstock