必見!!ジンジャー・コスタ=ジャクソンのカルメンはちょっとイッチャッテますよ!

最近の国内オペラ事情を見ると、まず有名海外オペラの引っ越し公演と言うのが激減している。今年はローマ歌劇場が9月にやってきただけである(演目は「椿姫」と「マノン・レスコー」)。S席で5万4000円ではスーパースターでも出演していなければ、熱烈なオペラファンでもちょっと考えるだろう。「椿姫」はフランシス・フォード・コッポラの娘ソフィア・コッポラの演出、「マノン・レスコー」はマノン役のクリスティーネ・オポライスが目玉だったが、人づてに聞くと特に後者は客の入りは今一つだったという。

しかし新国立劇場の「カルメン」ではそんなことはない。人の入りがいつもと違うのである。ホワイエの人の圧力が全然違うのである。チケットがとれないという事態が起こる。この新国立劇場では「椿姫」「アイーダ」「蝶々夫人」がそんな人気演目なのだろうが、「カルメン」はその一段上を行く人気なのである。

何度も書いているが、この「カルメン」というオペラは、カルメン役に人を得ないとどうにもならない。2014年(ケテワン・ケモクリーゼ)や2017年(エレーナ・マクシモワ)も悪くはなかったが、今回のジンジャー・コスタ=ジャクソン(1986年9月10日イタリア・パレルモ生まれ)は、私が思い描くカルメン像そのもので年甲斐もなく興奮してしまった。

ジンジャー・コスタ=ジャクソン/提供:新国立劇場

休憩時間に、ホワイエで私が座ったテーブルにいた2人の女性は、「ちょっと声量がないし、歌もイマイチ」と話していたけれども、たしかに声量はないが、それを感じさせないような歌い方をしている。そもそもあの女豹のようなスリムな体に誰が声量を求めるのだろう。歌はわざと地声も使って、下品にしているので、表面的には巧く聞こえないだろう。そもそもカルメンに声楽的な巧さを求める聞き手っているのだろうか。オペラ歌手というより、歌って踊る女優というのがカルメンなのだから。

書き忘れたが、ジンジャーはラテン系(父親はアメリカ人、母親はイタリア人)の美人。ちょっと危険な悪(ワル)の匂いのする風貌だ。ここ5年ほど世界中で「カルメン」のスペシャリストとして引っ張りだこだ。そりゃそうだろう。これほど扇情的なカルメンはそうそういない。女性客にはウケないかもしれないが(笑)。しかしこういう歌唱を続けるとそのうち声帯を壊すのではないかと心配だ。

最近映画の世界で「メソッド・アクター」という言葉がよく使われる。そもそもはニューヨークのアクターズ・スタジオが俳優の演技教育で用いた方法だ。ロバート・デ・ニーロとかダニエル・デイ=ルイスが代表的な「メソッド・アクター」と言われる。要するに、その役になりきるために実生活のディテールからすべて、徹底してその役の人物と同じように行動するというもの。体型や眼鏡、髭はもちろん、趣味・嗜好や癖などその役の人物になりきるというもの。どうも、ジンジャーは今回の「カルメン」公演中、このやり方でメソッド・シンガーと化しているのではないか、という気がしてきた。それぐらい役に没入した演技なのだ。ある意味、怖い。完全にイッチャッテる。オペラグラスで覗くと、目つきが本当にヤバイ。

新国立劇場の今回の公演は6日開催。そのうち11月30日(金曜日)14時の回は貸し切りになっている。劇場関係者に聞けば、中学・高校一貫教育の男子校の中学生・高校生が鑑賞するという。席数1814の新国立劇場はまさにぴったりの人数だ。贅沢なものである。「カルメン」なら、飽きずに最後まで鑑賞できる可能性が高いだろう。しかし、である。この完全にイッチャッテいるカルメンを見て人生を踏み外すような生徒が出てくる危険もあるのではないか(笑)。人生はたった一度、好きなことをやらなきゃつまらない、なんて感じて暴走しないだろうか。心配だ。先生の思惑通り、女というやつは本当は怖い生き物だということを男子中高生はちゃんと学べるだろうか(笑)。

そういえば、中学の時にオペラ巡回団みたいなのがやって来て「カルメン」をやった。伴奏はピアノだった。カルメン役の女性の顔が思い出せない。それより、第1幕でずーっと後ろ向きで動かない兵士がいて、「おい、あの人、立ったまま寝てないか?」というのが大きな話題になったのを昨日のことのように思い出す。中学生というのはそういうレベルなのかな(笑)。

さて、カルメンのことばかり書いたが、ホセ役のオレグ・ドルゴフもなかなかよかった。ただし、ホセの恋敵の闘牛士エスカミーリョ役(ティモシー・レナー)はもう少し頑張って欲しかった。しかし、有名なアリア「闘牛士の歌」を舞台でまともに歌えたバリトンを一人として私は知らないけれども。

ホセの許嫁ミカエラ役は本当に得な役だが砂川涼子が大変に巧い歌唱。砂川ばかりでなく、主役3人以外は日本人歌手だったが、いずれも及第点以上の出来。このオペラの影の主役である新国立劇場合唱団はいつものように巧いが、以前はもっと緊迫感があったように思うが。特筆ものはTOKYO FM少年合唱団だろう。指導(米屋恵子、金井理恵子)がよほどいいのだろう。素晴らしい透明度だ。

なお12月2日(日)14時と12月4日(火)18時30分に残りの公演がある。

撮影:寺司正彦
画像提供:新国立劇場