10月初旬の好天に恵まれた週末、渋谷にある会場へ入ると、そこには40代前半から50代後半あたりの品の良い人たちが、多くは夫婦で品選びにいらしていた。
こうした試着会は、店を持たないメイルオーダー会社にとって、顧客の生の声を聞くまたとない機会になるそうだ。それは筆者も同じこと。さっそく山の手から来たらしいご夫婦にランズエンドを選ぶ理由を聞いてみた。
「股上の浅すぎるチノパンツとか、窮屈なボタンダウンシャツとか、ファッショナブルすぎる服はいりません。週末などに使う、ほんの少しだけきちんと見える普段着があれば良いと思いますね。ユニクロですか? 悪くないと思うけれど、なんでだろう、あまり買いません」
世の中には、リーズナブル価格の服を着ても品良く見える方がいる。いっぽう、その逆をいく方も、少なくない。
以前、ペコラ銀座の佐藤英明さんが、「ヨーロッパのほんとうに裕福な方は、それがどこの服かすぐにわかるようなものを好みませんでした」と、教えてくれたことがあった。
出所が分かる服とは、ブランド名が大書きされたTシャツとか、デザイナーの表現が過剰すぎるものを指しているのだろうが、この会場に来て話を聞いたとき、そういえば、毎週末に安売りのチラシが新聞にはさまる服も、出所の分かる服だな、と思った。
さて今季4種がラインアップされた新作のテーラードジャケットだが、これまでハーフ毛芯仕立てだったものに、フルキャンバス仕立てのものが1種加わった。しかも価格は、他の3種よりも少し安いのである。
テーラードジャケットを作るうえで、もっとも大切な工程のひとつは芯据えである。芯据えとは、表地の裏側に毛芯を重ねてから手で軽くしごくように密着させ、それを正しい順番でしつけでとめていく作業のこと。
一見単純に思えるが、上着を立体的に作るうえで重要な作業であり、この土台作りはベテラン職人の手技に頼ることが多い。
優れた工場では、あらかじめ型を作り、その上に生地と芯を重ねてから軽くプレスを入れ、しつけ糸で押さえながら立体感を出す方法をとっているようだ。
いっぽう、生地の裏側に直接、のりで合成樹脂の芯を圧着する方法を、接着芯仕立てという。作業が簡便なうえに、簡単に立体感を出すことができる。
また接着芯を貼った後から、前身頃の上半分に毛芯を据える方法を、ハーフ毛芯仕立てという。接着芯だけの服より、胸まわりにナチュラルなふくらみが出ると言われている。
服作りの等級からいえば、松は前身頃全面を毛芯で覆ったフルキャンバス仕立て、竹はハーフ毛芯、梅が接着芯仕立て、といったところか。
しかしテーラードジャケットは、完成したときの総合バランスで出来を判断しなくてはならない。単純に、芯据えの工程だけを取り上げて服を選ぶのは、木を見て森を見ない、ということにもなりかねない。
たとえば、リーズナブルなオーダーメイド服として定評のあるアザブテーラーの服は、ハーフ毛芯仕立てである。しかしその完成度は、同じ価格帯のフルキャンバス仕立てのオーダーメイド服よりも、総合的に観て出来が良いと筆者は考えている。
ハーフ毛芯は上着の下部が接着芯だから、裾が優美に揺れない、などとあらぬ中傷を受けることもあるらしいが、今時、そんな堅くて質の悪い接着芯を使っているところはないように思う。
さてランズエンドのフルキャンバス仕立てとハーフ毛芯仕立てのテーラードジャケットだが、上衿の付け具合などを観察すると、製造工場が明らかに異なることが判る。総合的な完成度から観ると、筆者はこれまで通りのハーフ毛芯を推したい。
てなことを考えながら、試着している方々を観察すると、「あなた、こちらの方がどことなくよく見えてよ」と奥様に言われながら、ハーフ毛芯仕立ての上着(3種あるうちオルメザーノという生地を使用したグレーのヘリンボーンの人気が高かった)を選んでいる男性が多い気がした。おそるべきは、素人の直感力!と感じた。
そのいっぽうで、大柄の男性客がフルキャンバス仕立てのジャケットを試着し、見事に着こなしているのも観た。それは彼の、体型、髪や目や肌の色、といった個性が、グレーストライプのフラノ地(生地名トレーニョ1900)にマッチしていたからである。
ジャケットにおける服地の質や柄は、ディテールの不具合を補って余りある、ということなのだろう。ちなみに、この上着には別売りのパンツが用意され、セットアップスーツにもなる。
服選びは、単にカタログスペックだけに頼っても失敗するだろうし、筆者のように服作りについてのオタク的な知識があってもうまくいかない場合が少なくない。
なかなか奥深いものである、と感じた。
Photo:Shuhei Toyama
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