とっくに亡くなっているフレディ・マーキュリーが生き返った!?

僕が高校生のころ、盛岡の書店で洋雑誌『ニューヨーカー』を定期購読していて、当時のまま作家ロアルド・ダールが世界最高給の作家であることを知っていた。つまりギャラがメチャ高いのだ。なので、『007は二度死ぬ』の脚本家を愛読しており、『あなたに似た人』や『キス・キス』といった短編集は21世紀の今でも愛読している。

音楽誌以外のライターの取材を受けるのが初めてだったヒカルちゃんはちょっと堅かったが、取材から20分ぐらい経ったとき、「映画『タクシードライバー』って、サルトルの『嘔吐』とドストエフスキーの『地下室の日記』が原作らしいよ。僕が、脚本家ポール・シュレイダーに会って、直接訊いて確かめたからね」

しかし、「(彼女の)小学生のころ」にはびっくりした。

ロアルド・ダールが1990年11月23日、フレディ・マーキュリーが1991年11月24日に亡くなっている。

『ボヘミアン・ラプソディ』
©2018 Twentieth Century Fox
11月9日(金)全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画

面白いことに、フレディ・マーキュリーがクイーンに加入したのは、1983年1月19日生まれの12歳年上である1961年12月12日生まれの筆者がなんと、小学生のころの、1970年のことである。クイーン結成は、正式には主要バンド4人が揃った1971年2月のことらしい。そして彼らは1973年7月、最初のアルバム『戦慄の王女』(原題Queen)でデビューした。

実質的にクイーンの音楽は、筆者の僕が中学生のころで、1974年3月にリリースしたセカンドアルバム『クイーンII』(原題Queen II)、1974年11月にリリースされたサードアルバム『シアー・ハート・アタック』(原題Sheer Heart Attack)、1975年11月にリリースされたフォースアルバム『オペラ座の夜』(原題A Night at the Opera)のころの彼らは絶頂であった。先行して同アルバムからのシングルカット曲『ボヘミアン・ラプソディ』は、この映画の表題曲になっている。

『ボヘミアン・ラプソディ』
©2018 Twentieth Century Fox
11月9日(金)全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画

ブライアン・シンガー監督、アントニー・マクカーテン原案・脚本作品『ボヘミアン・ラプソディ』は、クイーンのリードボーカルだったフレディ・マーキュリーの伝記映画で、バンド結成から1985年の1985年のライヴエイドの圧倒的なパフォーマンスまでを描く。

昨年の僕のトップワンは、ロン・ハワード監督のビートルズのドキュメンタリー映画『ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK』だったが、今年も音楽映画で、これにする。

『ボヘミアン・ラプソディ』
©2018 Twentieth Century Fox
11月9日(金)全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画

フレディ・マーキュリーは、旧イギリス領だった、東アフリカのタンザニアにあるザンジバル島で生まれた。両親とも、ペルシャ系インド人のパールシー、ゾロアスター教信者だった。

エジプト系アメリカ人俳優のラミ・マレックが、フレディ・マーキュリー役を好演している。

『ボヘミアン・ラプソディ』
©2018 Twentieth Century Fox
11月9日(金)全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画

特筆すべきは、クイーンのギタリストのブライアン・メイと、ドラマーのロジャー・テイラーが音楽プロデューサーを務めている。

そもそも2010年ごろ、ギタリストのブライアン・メイが英国BBCへのインタビューで、クイーンというバンドの歴史に関する映画が企画されていたという。当初のフレディ・マーキュリー役はサシャ・バロン・コーエンで、グラハム・キングがプロデューサーのひとりを務めた。脚本家は、『クィーン』や『フロスト×ニクソン』のピーター・モーガンが予定されていた。で結局、サシャ・バロン・コーエンの降板などがあり、企画は二転三転した。

脚本家のアントニー・マクカーテンは、映画のクライマックスを「1985年のライヴエイドのパフォーマンス」にすることを決めていたのではないか! 何しろ、皮肉なことにフレディ・マーキュリーは、エイズにより亡くなっている。ボブ・ゲルドフが提唱した「アフリカ1億人の飢餓を救う」1985年のチャリティイベントは、もちろんアフリカで蔓延していたエイズ撲滅を狙ったものでもあった。

1985年のライヴエイドのパフォーマンスは圧巻であった。『ボヘミアン・ラプソディ』(原題Bohemian Phapsody)から『伝説のチャンピオン』(原題We are the Champions)に至る、全出演者中最多の全6曲を披露したのだ。ボブ・ゲルドフも絶賛したという。

 

ただひとつ個人的には、プロデューサーに『ALI アリ』や『アビエイター』のグラハム・キングが連ねられているのには不満が残る。

このキングは、マーティン・スコセッシ監督作品を多く手がけていたが、スコセッシ監督が本当に作りたかった遠藤周作原作の2016年の『沈黙』のとき、さっさと降りてしまったのだ。まったく許せないことに。

でも、この映画はすごい。すごいとしか言えないのだ。

会場は、「サッカーの聖地」ウェンブリー・スタジアム。9万人収容のサッカー専用スタジアムだ。幾多の「サッカーの歴史」を見届けてきた所だ。

あのパフォーマンスから6年後、彼はエイズで亡くなってしまう。

画像提供:20世紀フォックス映画
©2018 Twentieth Century Fox
動画:Simon Christensen – YouTube