デザイナーという存在の耐えられない軽さと重さ。ティッシの「バーバリー」とエディの「セリーヌ」を検分する!?

実際のところ、デザイナーの生存率というのは、ステージ4のがん患者の10年生存率ぐらいなのではないだろうか。「どうせ、消え失せるんだったら、好きにさせてくださいよ」と力のないデザイナーもどきが弱弱しくショーをやっているという感じなのだ。

その点、ラグジュアリー・ブランドの後押しで、仕事をしているデザイナーの本気度はやはり違うと言わざるを得ない。金(半端ではない契約金)の力のなせる責任感といったら失礼かしら。

今回のプレタポルテ・コレクション・サーキット(ニューヨーク→ロンドン→ミラノ→パリ)の中で、最大の注目を集めたのは、ロンドンの「バーバリー」とパリの「セリーヌ」だった。

前者は、CEOも兼任したデザイナーのクリストファー・ベイリーからリカルド・ティッシ(前職は「ジバンシィ」)にチーフ・クリエイティブ・オフィサーが代わった。トライブ(アフリカ原住民)やガンダムなどのモチーフが得意なティッシにオーセンティックなブリティッシュ・ファッションは一番遠いと思っていた方は、ラグジュアリー・ブランドの商品構成というのが分かっていない。

参考までに、下掲のWWDジャパンの9月24日号の表紙を見てほしい。今回のティッシによる新生「バーバリー」の代表的スタイルである。黒人のモデルを使ってトライブなテーストを付加しているが「バーバリー」スタイルだ。

WWDジャパンの9月24日号表紙/BY COURTEGY OF WWD FOR JAPAN

「なーんだ、バーバリーのハウスチェックじゃないか」と思った方は注意力が足りない。そのカラー4色をボーダーとストライプに使って組み合わせた新柄なのである。ロンドン・コレクションではここで大拍手が巻き起こったはずである。

こういうのを見ると、ティッシはなかなかやるなと思うのである。一種の頭脳プレーだが、アーカイブの徹底した研究がなされないとこういう頭脳プレーはできないものである。ティッシがこういうことをできるデザイナーであることをよく知って「ジバンシィ」からスカウトしたバーバリー社のマルコ・ゴベッティCEO の手柄だろう。

ゴベッティはロバート・デ・ニーロに似た業界を代表する仕事師である。盟友だったモスキーノの「モスキーノ」を皮切りにモスキーノの死後、「ジバンシィ」「セリーヌ」とLVMH内を渡り歩いた後、ティッシに先駆けて「バーバリー」に先乗りしていた。「バーバリー」の今後については、太鼓判は押せないが、新任デザイナーによるファースト・コレクションは成功だといっていい。

もう一方の話題は、2010年代のイット・バッグ(要するに大流行したバッグ)の女王だった「セリーヌ」のデザイナーのフィービー・ファイロの後を襲ってデザイナーに着任したエディ・スリマンのパリコレだ。これもWWDジャパンの表紙10月8日号によるが、「賛否両論」だそうだ。そうかしら? これは完全にエディ・スリマンによる「セリーヌ」。全く予想を裏切っていない。

WWDジャパンの10月8日号表紙/BY COURTEGY OF WWD FOR JAPAN

芸能人モノマネ大会ではないので何のブランドをやろうが、エディはエディ。メンズは「ディオール オム」「サンローラン」のスタイル、ウイメンズは「サンローラン」のスタイルである。「セリーヌ」ブランドのDNAであるBCBGスタイルなんて毒にも薬にもしていない。

では、なぜちゃんとシグニチャー・ブランド「エディ スリマン」を君はやらないんだい?と聞くのはヤボと言うものである。「いずれ、やりますよ。今はお金を貯めているんです」とエディは答えそうである。

ケリングとの「サンローラン」退職に関する訴訟も勝訴の可能性がかなり高くなったらしく、6月パリ商業裁判所第2審はケリング側に13億円の支払いを命じている(控訴で審理中)。

ラグジュアリー・ブランドのデザイナーを務めてから、シグニチャー・ブランドのデザイナーに転じた前例としては、「グッチ」「サンローラン」を手掛けたトム・フォードがいる。こちらはボチボチといったところか。

もう一人。シグニチャー・ブランドと「ラグジュアリー・ブランド「セリーヌ」を両方手掛けていたが、シグニチャー・ブランドに専念するために「セリーヌ」のデザイナーを辞任してビリオネアーになったマイケル・コースというアメリカン・ドリームの体現者がいる。

エディはどっちだろうか。

画像提供:WWDジャパン