『私が20年以上、捨てなかった服』を、お直しに出してみた(その2)

ヴァレンチノ・ガラバーニ氏はローマのカラチェニでスーツを誂えることで知られている。おそらくミラノでのパーティを開催するにあたって、自分の馴染みのテーラーの一党にあたるミラノのカラチェニを招待したのであろう。そんなラッキーがあって、我々は一見ではなかなか入れない著名サルトに予約が取れたわけである。

先方はもちろん、我々が日本から来たジャーナリストであることを知っている。だからであろうか、特別にカラチェニのバックヤードを見せてくれた。

そこは思いのほか広い作業スペースがいくつかあって、職人が思い思いの好きな場所で一心に針を動かしたり、バン台に広げた服地を裁断したりしていた。

そんな場所の片隅に、少々くたびれたように見えるスーツが20から30着ほど無造作にハンガーに掛けられていたのである。これらすべては、顧客から何らかの修理を依頼された服なのだという。

その洋服ラックには、ジャンフランコ・フェレ自身がいつもコレクションの最後に着て登場する、グレーフラノで衿などをシルクのグログランテープでパイピングしたダブルスーツも混じっていた。

「彼の直しは細かいんだ。裏地の糸のほつれなど、消耗箇所の修理もあるけれど、体型の変化やトレンドに合わせてわずかな補正を頼んでくる。神経を遣うよ」と、彼らは教えてくれた。

さて2000年に入ると、50の手習い、と称して筆者は服部晋が主催するキン・テーラーリングアカデミーで仕立ての勉強を始める。

この授業の楽しみは、我々生徒たちが懸命に手を動かしている間、ハットリ先生が手持ち無沙汰に話してくれる経験談である。

ご存じのように先生は、昭和天皇、今上天皇、徳仁皇太子と、3代に渡り皇室御用達テーラーを勤めている人。

先日も終戦記念日の戦没者追悼式で陛下は、阿部首相のモダンな礼服と一線を画する、見事なモーニングコートを着ておられた。

ああした場での服は、360度あらゆる角度から人の目にさらされる。そのため服のフィッティングはとりわけ気を遣うのだという。

そのため、天皇が外遊なさったり、国賓をお迎えになったりするなどの行事の前ごとに、ハットリ先生は宮中へ出向するという。

「陛下は新しいスーツを注文することはめったにありません。スタイルは、若い頃に英国へ留学なさった頃から頑固に変えることをなさりません。お気に入りの服を長く愛用し、それを修理したり、年齢の経過に伴ってフィッティングを調整なさって着ていらっしゃるのです」と、教えてくれた。

つまり優れたテーラーというのは、服の健康状態を診るスーツドクターなのだということを、筆者はふたつの体験から学んだのである。

で、ちょっと具合が悪くなった、筆者が20年愛用したグレーフラノスーツをサルトリア・イプシロンに入院させた経過だが、まだ退院していない(モード逍遥#104で紹介)。しかし仮縫いはしたので、全快後にどうなるかを予測して報告することは可能である。

まず補正箇所を説明すると、ユキさんは、上着の前身の上部(前身と後身とが合わさる肩の縫合部分)を5mm削り、その分を補うために後身の上部を5mm伸ばしたわけだ。

また同時に肩部分を分解したことを利用して、ネックポイントも5mm伸ばしている。

その結果、後身の着丈が長くなり、前身が短くなる。それに伴い、後身が全体的に前方へ動き、浮いていた衿が首に吸い付くようになると診断したわけだ。

さらにネックポイント周辺を5mm広げたことにより、後身の肩幅に余裕が生まれ、より運動性も向上するはずだという。

ただし、もしかするとこの処置により、背中の裾がはねる心配もあるらしい。

で、恐る恐る試着してみたのだが、後ろ身の裾がはねることもなく、フィッティングも着心地も大満足。

嬉しい余禄としては、これまで、わずかに反り身気味だった上着のサイドから見たシルエットが、前身の下部が身体に吸い付くようになって、とくにウエスト部分がよりスマートに見えるようになったことである。

肩部分のわずか5mmの補正によっての、劇的な変化。おそるべしヤジロベエ理論である!

ただし懸念されるのは、仕事に関してはイタリア人以上にマイペースなユキさんのこと。この冬までに、果たして間に合うのかな?

Photo:Shuhei Toyama

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