COMOLIの秘密!?

コモリが、全国に少数しか存在しないこだわりの店舗にこつぜんと姿を現したのは、2010年代の初めの頃だったと思う。

当時は、トム・ブラウンやピッティの絶頂期で、どこもタイトフィットなトラッドルックが溢れていた。そんななか、コモリの提案する白いコットンのシャツは、とても新鮮に映ったものだ。

そんな記憶が残っているせいか、コモリといえば、今隆盛のルーズフィットの元祖と思われがちだが、じつは大きな誤解だということが、今回初めて展示会を訪れ、コレクションを試着してみて納得できた。

コモリは、通常より少しだけゆったりめにサイジングされているベーシックな服なのである。これを流行だからといって、自分の身の丈以上に大きなサイズを選んで着る必要はまったくないと思う。

筆者は、身長168cm、体重58kgだが、たいていはコモリのサイズ1でフィットする。それでも充分にアウトショルダー気味になっていて、リラックスした着心地が楽しめた。

だがそのいっぽうで、和服のように直線裁断した服や、渡り幅が40cmもあるようなパンツもあるが、このことについては後で触れることにしたい。

また、リラックスしたカジュアルクロージングのことばかり記したが、タイロッケンやマッキノウコート、そして先シーズン登場した毛芯仕立てのスーツ(春夏は提案していない)、上等なラムスウェードを使ったブルゾンなどは、服にうるさい一味氏などを魅了するクオリティを誇っている。

筆者が知っておいて欲しいのは、コモリのような、優れた素材、吟味されたデザインとサイズ感をもつ服を、単に流行という短サイクルで使い捨てるのは愚かであろう、ということ。

コモリは、この服が好きな人、似合う人、また体型的な欠点をこの服によってカバーできることを発見してしまった人、さらにはコモリの世界観を愛する人たちが、末長く愛用できるように設計されているベーシックな服なのだと思う。

ならばコモリの世界観とは何だろう?

このコラムで以前少し触れたことがあるが、森さんは小森啓二郎の業界の先輩である。会場で、そのことについて話を振ると彼は「ぼくが就職の面接で森さんに質問されたとき、アーペーセーと自分では着てはいませんが世界観として、アンダーカバーが好きと答えたんです」

「極端に異なるブランドをふたつ挙げられたので、逆にすごい感覚の持ち主だと思って採用を決めたのだったね」と、森さん。

「いや、単に当時は、自分が着たいと思う服がそれしかなかったんです(笑)」

2011年にブランドを立ち上げたときもそうであったというが、小森は常に「自分の似合うベーシックな服が市場にない」と感じ、それを形にすることに情熱をかけてきた人なのだと思う。

小森の考えるベーシックとは、トラッドのようにルールに縛られない、自由な基本服なのだろう。しかもそれは、本人しか出来ない絶妙なバランス感の上でアイデンティティーを発揮しているのである。

たとえば、業界で入門時に着ていたアーペーセーは、自分にとってはモダンすぎるとすぐに気づいたし、よく比較されるマーガレット・ハウエルは、自分が考える服より少しスクエアなように感じているらしい。またアンダーカバーのような世界観は、結局持ち合わせていなかった。

「最近、昼間の強い光より、薄暮の光の中の方が、なぜか充実するのです」と、つぶやいた小森の言葉が耳に残っている。

もしかすると小森の世界観の根底には、谷崎潤一郎の『陰影礼讚』や、佐藤春夫の「風流論」と同じ、日本的な美意識が潜んでいるのではなかろうか。

一見地味に思える墨と和紙のなかに深遠な世界を作り出す水墨画。あるいは17文字の限定された文字数のなかに広大な季節を詠みこんでしまう俳句。それらは、コモリのシンプルで深い世界観を持つコレクションと根底で結びついている気がするのだ。

「コモリの服はね、お洒落すぎない人がサラッと着ると似合うんだ。ピッティにいるようなお洒落を頑張りすぎてる人が着る服じゃないってこと」と、森さん。

サラッと、か。難しいけれど、単衣を粋に着ながす、そんな感覚をもつ方であれば、コモリをきっと格好よく自分の生活の中に生かすことが可能なのであろう。

画像提供:WAG,Inc.