ジェルブロワ。100年以上前に薔薇の村を作った画家、アンリ・ル・シダネールの理想郷が今も素敵

ジェルブロワはパリの北西110kmのところに位置し、ノルマンディに近いピカルディ地方にあり、フランスの最も美しい村のひとつにもなっている。近年、薔薇は世界的に大ブームになっていて、日本でも素晴らしい造園で、見事に花を咲かせているバラ園があちこちに増えてきている。このこと自体はとてもいいことだと思うし、薔薇を美しく咲かせたいというのは作り手なら誰しもが願うことだろう。それに何と言っても薔薇は美しい。綺麗な花を見たら、幸せな気分になることも花のもつ威力と言える。

では、一体ジェルブロワの薔薇と他で咲く薔薇とではどこが違うのか? それとも同じなのか? 花だけを見れば、同品種ならかたちも色も香りも当然同じである。でも、薔薇の咲く背景や環境が全然違うから、そういう観点からすると趣は全く異なるのである。

ジェルブロワのいちばんの特徴は、タイムスリップしたような、中世以来眠りについているような、さらに別の表現をするなら浮世離れした村(住人は100人と少ししかいないのだが行政的には町)で、実際、パン屋もガソリンスタンドも、日用雑貨店すらない昔のままの姿が保たれている。住人は多少の不便はあっても、必要なものは近隣の村まで出かけ、それをよしとする人たちで、退職後の生活を送っている人や、パリとジェルブロワの両方に家を持っている人、アーティストなどである。

道路側の建物の外壁の多くは崩れかかり、道路は馬車の時代の面影を色濃く残す石畳といった具合で、すぐにでも時代劇の撮影ができそうだ。

村全体から醸し出される趣のある独特の雰囲気は何十年かけても作り出せるものではない。ここは16−17世紀からの重みが積み重なって出来上がっているのだ。従ってこういうところはいつ訪れても、何かを感じさせてくれ、落ち着いた気分になれるのである。何もないところなのに何かを感じさせ、気分が安らぐ。そんなところが魅力だといえるだろう。だからジェルブロワは花のない、季節外れの時期に行っても「フランスの美しい村」である。

しかし薔薇の時期になると外壁に両手を広げたように咲くつるバラや家々の窓辺に這って咲く様子は、それまでの風景を見事に一変させる。このコントラスト! しかもジェルブロワには薔薇しかない、薔薇で彩られた村なのである。

窓辺を彩る薔薇によって、道ゆく人も心豊かになれる。/Photo:Ayako Goto

今から100年以上前の1901年、ジェルブロワに住み始めた画家、アンリ・ル・シダネール。その前にはヴェニス、ブルージュ(ベルギー)、パリに移り住み、そしてたどり着いたのがジェルブロワだった。自分の絵のスタイルを模索していた時代から、日常の生活の場面を切り取って透明感のある色彩で描き、花が咲き、つい今しがたまでいたはずの人の気配があるような、そんな情景を見出していた。

時はモネなどが活躍した印象派の時代。モネの家のあるジヴェルニーにも近い。ル・シダネールの描いた絵はアメリカで非常によく売れた。彼の描く絵は庭や外壁に花が咲き誇り、庭に置いたテーブルにはクロスがかかり、窓から漏れる家庭の暖かな明かりには、穏やかで幸せな日常の情景が表現されている。

自分のイメージする絵を描くために自ら率先して自宅の庭づくりをし、たくさんの薔薇を植え、村中を薔薇で生き生きとさせることを提案し、時には自宅で余った薔薇を住人にも配ったという。結果として村にはあちらこちらに薔薇が咲き、住人も薔薇を育てる楽しみを味わいつつ自分の村が美しくなっていくことに喜びを感じ、ル・シダネールにとっても自分の題材が広がっていくことになったのである。

それにしてもル・シダネールの最初の発想が何と素晴らしいことか! ジェルブロワを自分のイメージする村にしようと決意し、しかも薔薇だけに絞ったところに美意識の高さと先見性がある。まさにフランスのアール・ドゥ・ヴィーヴルここにあり。100年以上もこのコンセプトを大切に守り、誇りを持って貫いている住民も素晴らしいと思う。バラ園の薔薇と違うのはこんな「生活の中の薔薇」であることだ。

Photo:Ayako Goto