マイ・フェバリット・ショップあれこれ

夢の中の商店街で行く店はおよそ3軒。ひとつは怪しいアンティーク屋で、そこは安い割に、筆者好みの変なデザインの時計がいくつも置いてあり、やはり日にちを置いて来ると商品が入れ替わるのだな、と男は満足している。でも、購入したことはない。

古本屋へも行くが、その店主はなぜか初台に住んでいた頃の古本屋のオヤジで、いつも般若経の写経をしている無言の人だ。

最後に訪れるのは、商店街の外れ。ガラスの開き戸越しに見えるのは、裸電球と薪ストーブしかない殺風景なタタキの土間。どうしたわけか、男はそこが最近店をしめたばかりの駄菓子屋であることに気づいている。老夫婦がいて、番茶など勧められたりする。ざっとこんな感じで、夢は終わる。

懐かしい幸せな余韻が残る、夢である。

最近、この夢の元は、『お富士さん』の縁日にあるのではないかと気がついた。毎年6月30日と7月1日の山開きになると、近所の富士塚の参詣道に沿って、大きな縁日がたつ。沿道にそって提灯が飾られ、透明の裸電球の下では、金魚すくい、まわり灯籠、ほおずき売りなどが出て賑わう。

なかでも子供の頃の筆者のお気に入りは、火事で焼けた工場跡から持ち込んだという、万年筆の物売りである。真鍮製のアセチレンガスランプに照らされて、真っ黒い煤にまみれた土塊のなかからマーブル色に輝くセルロイド軸の万年筆が掘り出されると、まわりを囲む大人も子供も、おっ、と声をあげる。物売りは、それを汚い手ぬぐいでさっと拭って、キャップを外し、真っ白い紙にサラサラと見事な字を書くのだ。

だが知り合いの大人の話によると、それだけがペン先を本物の金ペンに取り替えていて、実際に購入してみると、同じように縁日に売られている十徳ナイフ同様、使い物にならないモノだそうだ。しかしその手さばきと面白い口上にひかれ、筆者ら子供たちは半時も見入っていたものだった。

時は過ぎ、1990年代に入ると、筆者のお気に入りの店は、ミラノのコルソコモ・ディエチになる。さらに21世紀には、パリでメルシーという店を見つける。どちらの店にも共通なのは、店舗がだだっ広く、倉庫のように飾りっ気がないこと。どこか客を突き放すような感じがして、商売に関係なく、オーナーの好きなモノを無国籍に集めて並べています、という雰囲気があるのが贔屓の理由だ。

ファッションが好きな方がそこへ行けば、何かしら刺激を受け、楽しい気分にさせてくれる店なのである。このウキウキした気分は何なのだろう、と考えたとき、思い当たったのは『お富士さん』の縁日であった。

初夏の宵、都会の月の下に出現する縁日は、未知なものへ出会う予感とエキゾチックな雰囲気が重なって、子供ながらにお洒落心をキュッと刺激する。

それは、コルソコモ・ディエチやメルシーが持つ、バザール的な怪しさに、とても似ているような気がする。

最近、このような夢見心地にさせてくれる店を東京にも見つけた。

『レ・ショップ』は、めったに都心に出なくなった筆者が、やむなしに表参道界隈へ行かねばならなくなったときに、寄りたくなるオアシスのような店。

物に溢れかえった街なかで窒息しそうになったとき、ここへ来れば、ほんとうに新鮮なファッションの空気が吸えるのである。

2018-19AWの展示会は、日本とフランスを中心に、いろいろな世界から選んだ見たこともないフッションが山積み状態。全体にフランスっぽい匂いがするが、洒脱な都会風のものもあれば、下町の肉屋のおっさんが着ていそうなワークウエアや、ドーヴィル地方近くで作られた軍隊ユニフォームぽいものも置いてあるのが、ここの特長。

なかでも、筆者は似合わないので着ることはないけれど、お洒落な方にお勧めしたいのは、クリスタセヤとサルヴァトーレ・ピッコロがコラボした3種の服。ダブルフェースのローデングリーンのコート、シェトランドウールのヘビーウエイト・ロングカーディガン、コットンツイルのゆったりしたドレスシャツ。この秋冬は、これさえあれば他は何もいらない、と断言できる最強の3点セットになっている。

いっぽう筆者は、コモリの新作ツイードスーツから刺激を受けた。丸みのあるシルエットとワイドラペルが最高に気に入って、昔アットリーニでスミズーラした3プライウールのスーツを、もう一度箪笥の奥から引っ張りだして着てみようと真剣に考えるほど、感化されてしまったのである。

Photo:Shuhei Toyama