世界的アーティスト、フィリップ・ドゥクフレの奇想と自由にあふれた”ひらかれた夢”の世界

ヌーヴォーシルク(現代サーカス)やコンテンポラリーダンス、パントマイムを基礎に、映像によるテクニカルな仕掛けとダンサーたちの身体が生き生きと交錯するステージングは、PV動画を見ていただければわかるように、ミステリアスで可笑しくて美しい。

ひと足早く来日したドゥクフレによれば、「昔から魔術を使ってトリックをチラ見せするスペクタクルが大好きなんです。僕はどちらかというと本能的にひらめいて、コンセプトはやってから後で考えるタイプ」。彼自身が「説明のいらないスペクタクル」と呼ぶその作品世界は、まさに理屈では解明できないシュルレアリスム的コラージュともいえるだろう。

©Eline Ros

5~6本の短編のオムニバス形式となる本作。近年は大作が続いたドゥクフレがあえて短編集というスタイルを選んだのはなぜだろう。

「ニューヨークでダンスを学んだ師であるアルビン・エイリーやマース・カニンガム(共に20世紀の著名な振付家)は短編の名手だったんです。もっと遡れば、僕の母はバレエ・リュスに憧れてダンサーになることを夢みていました。バレエ・リュスの舞台は演奏される楽曲の長さに合わせて創作されたので、おのずと短編になりました。(注:当時はドビュッシーやサティなど印象派の音楽が数多く使用された)

たとえば『春の祭典』は40分の上演時間のなかでとても豊かで濃密な世界が展開されます。フランスでは1980年代以降、ダンスが芸術としての使命を帯び、1時間以上の大作志向になりがちでしたが、僕はそれが少し退屈で、自由に戻りたいと思ったんです」

彼の言うように、近年ますます壮大かつシリアスなコンテンポラリーダンスが主流を占めるなか、15分前後の短編が次々とパラパラ漫画のように展開するカレイドスコープ型の本作はより親密な体験をもたらしてくれそうだ。

なかでも、ドゥクフレが出会った日本のさまざまな事象や経験から着想を得た小品は見どころの1つ。

「日本を訪れるたびに何かしらの要素をお土産に持ち帰るんです。日本の人々は僕にとって未だに謎めいていて、幾重ものレイヤーに包まれているので、何でも思ったことを表に出す自分がいきなり透明になった気分になります。90年代に初めて来日した頃はテレビの不条理でナンセンスな番組にも驚きました。わからないからこそ惹き付けられ、心動かされるのかもしれません」

歌舞伎へのオマージュとなる場面では、坂東玉三郎の女形にインスピレーションを得た異形の人物にドゥクフレ自身が扮して登場する(埼玉公演のみ)。玉三郎が扇子を投げ、空中で舞い踊るその扇子をまったく見ずに優美な指先で掴むシーンから着想を得たという。

「歌舞伎への愛を込めて、軽やかなタッチで演じています。表参道を歩いているとき偶然見つけたボサノバの曲や、『わたしは真悟』で音楽を担当したトクマルシューゴの曲も使用します。女形といっても、あくまで興味を惹かれたものや関係ないものも栄養として取り込んで、自分流にちょっとクレイジーなずれを巻き起こします。

たとえば六本木で出会ったニューハーフのバーレスク・ショーにも影響を受けました。ヒールは慣れていないので足をくじかないようにしないと。シックにまとめたいと思っているので、心動かされるものになるといいのですが」

10代の頃マルセル・マルソーにサーカスを学んだドゥクフレは、ニューヨークでモダン・ダンスの洗礼を受け、1983年にバニョレ国際振付コンクールで賞を受けた後、自身のダンスカンパニーDCAを設立。

彼の名を一躍世界に知らしめたのは1992年、アルベールビル冬季オリンピック開・閉会式の演出を31歳の若さで手がけたことだ。サーカスと映像トリックとダンスとが交錯する奇想天外な演出は、現在も彼の作品世界に受け継がれている。

その後もドゥクフレはあくまで「現場」に立ち続けることを選び、国立舞踊センターや芸術財団のディレクターに就任するといった王道には進まなかった。

DCAでの活動に加え、クリスチャン・ディオールやエールフランスのCMを手がけたり、シルク・ドゥ・ソレイユやパリの老舗キャバレー・クレイジーホースのショー『DESIRE』を演出したりと、芸術性の高い作品でありながら誰にでも開かれた夢の世界を展開し続けている。

日本との繋がりは深く、96年にミュージカル『DORA-百万回生きた猫』(沢田研二主演)、2003年に日仏中国際共同作品『イリス』、2006年に初のソロ・パフォーマンス『SOLO』を発表。2016年には楳図かずお原作『わたしは真悟』のミュージカル化をオール日本人キャスト・スタッフで手がけた。

こういった商業的な作品の制作現場でも、かっちり振付するというよりは、リハーサルのなかで誰かが見せた動きのおもしろさを増幅させたり、日本人なら余韻を残すような場面を笑いに変えてしまったりと、ユニークなクリエイションに徹していたといわれる。

そんなドゥクフレだが、すでにポジション的には大御所。突拍子もない奇想や振れ幅の自由さといった、彼自身の築きあげた舞台芸術の言語はもはやスタンダードになったともいえるだろう。

次から次へ、先端的テクニックや表現手法が新しく生まれ、やがては陳腐化していく時代の潮流のなかで、独特の立ち位置をキープし続け、いつまでも観たいと思わせるものは本当に少ない。

パフォーミングアーツの奔流のなかで、ドゥクフレが繰り返し潜り、探しあてようとしているのは「生きたまま届けられるヒューマンスケールの謎」であり、それは色褪せることなく魅力を放ってきた。あとに続く若いダンサー・振付家たちにも個々のスケール感で栄養にしてもらいたいアートである。

画像提供:彩の国さいたま芸術劇場

フィリップ・ドゥクフレ/DCA
「新作短編集(2017)―Nouvelles Pièces Courtes」
http://www.saf.or.jp/arthall/stages/detail/4871

○6月29日(金) 19:00 開演
○6月30日(土) 15:00 開演
○7月1日(日) 15:00 開演
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール

〇7月7日(土) 14:30開演
〇7月8日(日) 14:30開演
会場:北九州芸術劇場 中劇場

〇7月14日(土) 15:00開演
〇7月15日(日) 15:00開演
会場:滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール

演出・振付:フィリップ・ドゥクフレ
出演:カンパニーDCA