
レストラン熱中派#40
前回に紹介したフレンチレストラン「オーシザーブル」の3巨匠時代とは、誰のことか?
答えは、五十嵐安雄シェフ(現「ル・マノアール・ダスティン」)、川崎誠也シェフ(現「アラジン」)、谷昇シェフ(現「ル・マンジュ・トゥー」)。ちなみに五十嵐シェフと川崎シェフの両方の下で働いたのが、菊地美升シェフ(現「ル・ブルギニオン」。フランス料理好きなら彼らの名前を聞いたことはあるはず。
「3人の中でいちばんユニークだったのは五十嵐シェフだね」ムッシュ関根が思い出し笑いをする。五十嵐シェフの料理は素材の組み合わせもプレゼンテーションも、とにかくアヴァンギャルド。「訳がわからないけど、うまい! 彼の料理を食べたいと、店の外に行列ができたんだから」。フランス料理店に行列!? そんな時代があったのか~。
そしてマダムの記憶に残っているのは川崎シェフのトリュフコース。「関根がパリから戻る直前に『トリュフをたくさん仕入れたから今夜出したい。コースを考えておいてくれ』と電話があったから川崎シェフに相談したの。普通の料理人だったらそんな急なオーダーには困惑するだろうけど、川崎シェフは即座に『やりましょう!』」。
かくして前菜からデザートまですべてトリュフを使ったコースが誕生。マダムはそれが大のお気に入りになり、毎年冬になると必ずトリュフコースとして“マダム・トリュフ”と称号が付くようになった。

「器用で思いもつかない料理を考えてくれた」のは谷シェフ。「スパゲッティートマト風味 驚きの一皿」は、冷たいパスタにイクラやキャビアをのせたシンプルな冷前菜。みためにはトマトを思わせる赤い色はいっさいないが、口に含むとトマトの酸味とうま味いっぱいに広がる。これは今でも人気の永久不滅メニューだ。
「オーシザーブル」スペシャリテはまだまだある。フォアグラ2種、温かい「フォアグラのソテー マデラワインソース」と「酒粕を使ったテリーヌフォアグラ」(日本酒とともに味わう)や、鴨のコンフィ、ステーキフリット、自家製ソーセージ、じゃがいものパイ包み……どのその皿も時を経てなお、人々を引きつける料理として生きている。

6月30日まであとわずかだが、昼も夜も営業しているから、ぜひ一度足を運んで欲しい。
日本のフランス料理はこんな小さな路地裏のレストランで熟成をされてきた。そのルーツを一人でも多くの人が記憶することで、今のフランス料理のすばらしさも、考えるべきも見えてくるのではないかと思うのだ。
ひとつだけ心配なことがある。以前、ムッシュ関根と話した時、「もう、いろいろな意味で続けていくことが難しくなっている。フランス料理屋ってのは、女性をくどく場所のはずだ。それが今では写真を撮ることにだけ一生懸命なんて見ていて悲しい。そんなお客ばかりだと俺もそろそろやめようかと思う。でも、この空間をどこかにそっくりそのまま残すことができたら……」。
「シテ」までなくなるのは悲しいけれど、私にとっては世界遺産より大切な店。本気であのままそっくり保存できないかと思う。どなたか、いい案はありませんか?

Photo:Yumiko Inukai, Aux Six Arbres