オーシザーブルを知っていますか?日本のフレンチの源流はここです

レストランオーナーには定年がないから、いつ辞めるかは大きな課題だ。元気な時に引退して店を閉めるか? 生涯現役を全うして倒れるまで店に立ち続けるか? 普通に考えれば身体が続く限り自分が育ててきた店を続けたいと思うのは当然のことだろう。けれどマダム関根にはもうひとつの道があった。

それはご主人のムッシュ関根が経営してきた西麻布「ビストロ・ド・ラ・シテ」と統合して、マダムはランチを、ムッシュがディナーを担当するという道だ。その「ビストロ・デ・ラ・シテ」だって、今年45周年を迎える日本を代表するビストロだ。

つまり、関根進、葉子夫妻は日本の街場のフレンチの黎明期、1970年代からオーナーとしてビストロとレストランの2タイプの店をそれぞれ育ててきたのである。

そのお二人の年齢はムッシュ75歳、マダム70歳。「なんだかいい数字が並んだから、思い切って決めたの」とマダムは軽やかに話すが、私が思うに、それは「シテ」のランチという新しい「職場」があるからではないか。

Photo:Yumiko Inukai

「どんなランチにしようかしら。1000円ランチもいいと思うんだけど」と、早くも新しい仕事に意欲を見せるんだから、さすがだな~と思う。

「それはやめた方がいいって。僕もやってみたけどいいことはなかった……」傍らでムッシュがつぶやけば、「私は私のやり方がありますからご心配なく」。

このお二人、本当はものすごく仲良しなんだけど意見が合わないと、即、正面衝突して、まわりをヒヤヒヤさせる。ところが切り替えも早い。次の話題に移ればにこやかに会話を始めてるいる。とはいえ、仕事で、二人同じ空間にいないほうがいことは、誰よりも二人がよくわかっているはずだ。

話を「オーシザーブル」に戻そう。オープンしたのは1978年。以来、日本のフランス料理界人の登竜門と言われてきた。というのも、シェフを決める際は関根夫妻がフランスに出掛けて探したり、いい人材がいるという噂を聞いて全国各地を尋ねてまわることもいとわない。

80年代から90年代のバブル前後は日本のフレンチが一気に花開いた時期だ。「オーシザーブル」にも3巨匠時代が訪れる。

さて、その3巨匠とは誰でしょう? 答えは次回に。

でも彼らが残したスペシャリテが味わえるのは6月いっぱい。一刻もはやく予約を取ることをおすすめします!

Photo:Aux Six Arbres

Photo(1,3):Aux Six Arbres
Photo(2)Yumiko Inukai