パリのパン屋を飾る伝統のガラス絵

黒田氏の説明を聞きながら、ふと思ったのはパリのガラス絵のことである。ずっと筆者の中で謎だったのがパリのパン屋、特に古い建物のパン屋には美しいガラス絵の装飾が施されていることである。黒地に金文字の看板、建物のコーナーに描かれたガラス絵は一種独特の輝きと記憶を呼び覚ますようなノスタルジックな趣があって、思わず立ち止まってしまう存在感を放っているのだ。

古いものを大切にするフランス人のエスプリが、ガラス絵に表れているのであろうか? 美しいものは時代を超えて美しいとする確固たる信念がある。だからパン屋の後に入った別の職種の店であっても、パン屋のときのガラス絵はそのまま生かして現存するのである。

パン屋の建物のコーナーに風景画の大きなガラス絵を施して。/Photo:Ayako Goto

というのはマレー地区のある1店舗がそうなのだ。今はファッションのブティックで、その前はアクセサリーやストールなどを扱う雑貨のブティックだった。そしてずっと遡ればパン屋だった、はずだ。

そんなパン屋のガラス絵との出会いがきっかけとなって、街の中のガラス絵が気になるようになった。そしてわずかに見つけられたのはアール・ヌーヴォー期の特徴が見られる建物の一部の装飾に使われていることだった。

9区のパッサージュ・ジュフロワにサロン・ドゥ・テがある。ここには今にも崩れかかる寸前の趣があって、いかにもパリらしい場所で、そこの柱もまたガラス絵で彩られていた。ところが最近行ったら、ついにリニューアルして、残念なことにガラス絵は跡形もなくなってしまった。

19世紀に造られたパッサージュのサロン・ドゥ・テの柱にもガラス絵が使われていた。/Photo:Ayako Goto

ヨーロッパに起源をもつガラス絵であるが、では一体いつ頃から描かれるようになったのであろうか? それはガラス絵の技法の成立と関連するが、透明な板ガラスの初期的な製法が完成し、油絵技法が確立される14世紀以降と考えられている。

主にキリスト教の主題が描かれ、17世紀以降になると風景画や風俗画、肖像画といった非宗教的な主題が多く描かれるようになったという歴史的な流れがある。

パリにおいては、パッサージュが多く造られた19世紀半ばから20世紀はじめにかけてガラス絵が建物の装飾に多く使われたようである。その現存する代表的なものがパン屋ということのようだ。

ガラス絵はヨーロッパから東洋に伝わり、清時代の中国に、そしてインドに伝わり、日本には中国を経て江戸時代中期に、長崎に伝わった。当時はビードロ絵と呼ばれたそうだ。浮世絵師によって美人画や役者絵が描かれ、明治に入ると洋風画と軌を一にして発展したが、明治末には急速に衰えていった。

興味深いのは藤田嗣治もガラス絵に挑んでいたことだ。調べてみると猫をモティーフにした「動物宴」、「思い出」(1952年)などがある。これまでガラス絵が「美術」として大きな注目を集めなかったのは、おそらく芸術家の余技とか、絵画と工芸の間と見なされていたからではないだろうか?

Photo:Ayako Goto