世界でも類い希なテーラードクローズを創造するサイ(Scye)の魅力を探る

サイというブランドの特別さは、パターンナーの宮原秀晃に負うところが多いと思う。彼は、古い英国の仕立屋の技術書をもとに、独学でパターンを学んだという。まったく驚くべき努力と才能である。

宮原が若くしてロンドンで修行していたら、おそらく今頃はサヴィル・ロウの伝説的カッターとして名を成していたに違いない。

いっぽう彼は、独学のパターン技術をさまざまなアパレルで試してきた経験によって、モデリストとしてのキャリアも完成させている。

カッターとモデリスト。洋服の設計者として、どちらも似たようなものと考える方が多いと思うが、じつは違う。

カッターは、職人の手仕事による技術を頭に入れてパターンを引く。ビスポークテーラー業では、アイロンやハンドソーンによって服地を立体的に伸ばしたり縮めたりできるから、厳密な設計図はあまり必要とされないのである。

いっぽうモデリストは、工業的で緻密なパターンが要求される。手仕事に比べてマシンメイドの服は、くせ取りやイセ込みの量が少ないから、そのぶんをあらかじめ計算してパターンに組み込まなければならないのだ。

若き日の天才・宮原は、その長短を熟知しながら、むしろ自分の引いたパターンに絶対的な自信を持っていたのだろう。それゆえに、かなりヤンチャな服作りにもトライしていたように思う。

その代表的なものが2000年のサイ誕生時に発表されたドルラグ・ジャケットだ。ドルラグとは、前から見るとラグランスリーブ、後ろから見るとドルマンスリーブに見えるという、宮原が生んだ傑作パターンだ。

この複雑な曲線を持つジャケットを彼は、なんと堅いキャンバス・ダック地で作ったのである。

当時の宮原は、優れたパターンであれば、あえて縫製が難しい堅い生地を使用しても、思い描いた通りのデザインがマシンメイドでも現出可能だということを証明したかったからに違いない。

言い換えれば、そうした尖った不良性もサイの魅力のひとつといえよう。

今回のコレクションでは、18年ぶりにドルラグ・ジャケットを復刻しているが、成長した宮原は、やわらかな太畝のコーデュロイ生地を選択して、リラックスしたい大人たちに向けた週末着に仕上げている。

いっぽうサイには、自分たちはDCブランドとは一線を画するテーラード・ブランドだという自負心があるような気がする。

そうした面が端的に示されたのが、今回新登場したピーコートである。サイには、すでにベストセラーになった定番のピーコートが存在しているのだが、新作は上衿の仕立てを変え、さらなるグレードアップ化をはかっている。

驚いたことにこの服、大きなバルカラーの上衿が1枚の布だけで作られているのだ。通常これだけ大きなパーツだと、衿腰あたりに半月型の切り替え布を入れて衿を据えるものだ。しかし宮原はあえてそうした合理的な既製服の発想を捨て、昔ながらのテーラード職人の技術に挑戦したのである。

そのために、バルカラーの内側のカーブ量と外側のカーブ量を綿密なパターンで算出し、さらに長年付き合いのある優秀な工場に入念な衿のクセ取りを任せたから、工業製品ながら素晴らしい出来のピーコートが完成したわけである。

1枚衿だから首の後ろ側が縫製パーツなどで堅くなることがなく、首の吸い付きがすこぶるよろしい。しかも生地は、スーパー120Sウール双糸をメルトンに織り上げているため、厚手なのにしなやかな着心地が楽しめる。

サイ・マーカンタイルでは、ゆくゆくはドレスシャツやスーツなどのオーダーメイドをするのが夢だ
という。そうなれば、宮原はヘッドカッターとして階下の店舗に顔を出すのだろうし、トレンドを絶妙に自分たちのスタイルに採り入れる日高久代のデザインとあいまって、まさに世界のどこにもない、理想のテーラード・クローズショップの誕生となろう。

サイ・マーカンタイルは、現在でも世界一ユニークな店のひとつである。我々は、ついロンドンの『ハバダシャリー』など、海外の名物ショップに目を奪われがちだが、日本でこの店の魅力を享受できる喜びを、改めて認識すべきである。

Photo:Shuhei Toyama