“ボンドスーツ”を生んだスパイスリラー『北北西に進路を取れ』の一張羅スーツ!?

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ジェームズ・ボンドの荷物といえばスーツケースひとつと、アタッシェケースのみだ。

スーツケースの中に入っているのはスーツ2着ぐらいのものだろう。カジノに行く場合に備えタキシードはあるだろうが、あとはセーターと白いシャツと、下着や靴下ぐらいだろうか。彼のスーツの好みはミディアムグレーかネイビー。この最小限度に絞ったミニマムかつアンダーステートメントなワードローブが、ジェームズ・ボンドのダンディズムの秘訣だ。

1960年代に大流行したこうしたミニマムなデザインの「ボンドスーツ」のことを、テーラーがオフ・サヴィルロー(サヴィルローのはずれ)のコンジット通りにあったことから、「コンジット・カット」(原題Conduit Cut) という。

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コンジット通り界隈に軒を連ねたニューウェイブのテーラーたちが手がけた「コンジット・カット」は、それ自体に定められた特長というものは存在しない。サヴィルローの伝統的なテーラーとは異なるアプローチで、大陸的(フランスやイタリア)な、当時としてはニュートレンドであるモダンなスーツを仕立てていたという点では共通している。あえて特長をあげるならば、1950年代末期より散見されたミニマルなスタイルで、イギリスの土着性よりも欧州大陸を見据えた“イイトコドリ”な国際的センスに注目した点であろう。

このスーツは、伝統的な英国スーツとは一線を画し、アメリカのトラッドスーツを吸収・解釈した上で、当時としては最新のモデリングと最新技術が盛り込まれたもので、「格闘という激しい運動をしても着崩れしない強さと復元力」があった。たとえば、『007/ロシアより愛をこめて』(1963年)で、ショーン・コネリーがロバート・ショウとオリエント急行のコンパートメントで格闘した際も、そのスーツはびくともしなかった。

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スーツを戦闘服として描く――。そこに目をつけたのは、『007/ドクター・ノオ』(1962年)を監督したテレンス・ヤングであった。お誂え向きに、ジェームズ・ボンドは英国諜報部MI6のエージェントで、〈ユニヴァーサル貿易〉という商社のサラリーマンを隠れ蓑にしているから、スーツこそが彼の仕事着になっている。

初代ジェームズ・ボンドがショーン・コネリーに決まると、ヤング監督は自分が御用達にしていたロンドン・サヴィルローのテイラー〈アントニー・シンクレア〉に彼を連れて行った。当時30代になったばかりでスーツを着る生活習慣がなかったショーン・コネリーは、撮影前に寝間着代わりにスーツを着て寝て、身体にフィットさせる努力をしたという嘘のようなホントの話がある。

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ボンドスーツは、2008年の『007/慰めの報酬』以来、主演を務めるダニエル・クレイグが着るのは〈トム・フォード〉と決まっている。1着50万円、オーダーメイドで80万円もする高価なスーツだ。

2015年の『007/スペクター』では列車の上のひとつのアクションシークエンスを撮るのに、〈トム・フォード〉のスーツをおよそ25着も用意したのだという。下世話な話になるが、ワンシークエンスに80万円×25=2,000万円もかかっているのだ。

これほどまでにこだわりに満ちたボンドスーツが生まれた背景として、『北北西に進路を取れ』(1959年)という作品がある。いわばこれは、ヒッチコック監督お得意の「巻き込まれ型サスペンス」の典型。テレンス・ヤング監督は『北北西に進路を取れ』の一張羅状態だったスーツに目を付け、戦闘服としてジョームズ・ボンドに着せたのである。

『北北西に進路を取れ』でケイリー・グラントが演じた主人公ロジャー・ソーンヒルはニューヨーク・マディソン街にある広告会社の重役。プラザホテルでの会合の途中、ジョナサン・キャプランというスパイに間違われ、敵からも警察からも追われるはめになる。以降彼は、国連ビルがあるニューヨーク、シカゴへ向かう特急20世紀号、大平原のなかのトウモロコシ畑と、ずっと着の身着のまま。一張羅状態で映画のほぼ3/4を同じスーツを着ていることになるから、作劇的にグーンとおもしろくなる。

ロジャーは相当なシャレ者らしく、その高級感ただようスーツはロンドン・サヴィルローのテーラー〈キルガー・フレンチ&スタンバリー〉製という設定になっている。ノーベントになったライトグレーのツーピース3つ釦スーツに、白いドレスシャツ、同系色であるシルバーグレーのソリッドタイプのネクタイを合わせるというものだった(のちに2004年のマイクル・マン監督作『コラテラル』でトム・クルーズが同じスーツを着ていた)。おまけに彼は、自分のイニシャル「R・O・T」と刺繍した白い絹のハンカチーフを持っていた。

この『北北西に進路を取れ』の一張羅状態だったスーツを、『ヴァニティ・フェア』誌1999年4月号ハリウッド特集のポートフォリオで、脚本家アーネスト・レーマン(1915-2005)が着ていたのには驚いた。アーネスト・レーマンは『北北西に進路を取れ』(1959)、『ウエスト・サイド物語』(1961)、『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)など数々の名作を世に送り出した脚本家である。撮影はザ・ローリング・ストーンズやジョン・レノン&オノ・ヨーコの写真で著名な名手、アニー・リーボヴィッツ。

『北北西に進路を取れ』をワンカットで見せるという試みだった。劇中でケイリー・グラントが着ていた一張羅状態のライトグレーのスーツを身に纏い、背景にはトウモロコシ畑と複葉機。作品の代名詞と言ってもよい名シーンを再現したのだ。

普段注目されない脚本家という職業人のこのポートフォリオ掲載は、何よりも映画に対する「目配せ」であり、ハリウッドに強力なコネを持つ『ヴァニティ・フェア』誌だからこそ可能であった“イイトコドリ”。先ごろ退職した名物編集長グレイドン・カーターが25年間も指揮を執り続けた賜物である。

このように誌面カットにも使われるほど象徴的なシーン、つまりトウモロコシ畑で農薬散布用複葉機に襲われるシーンでも、主人公ロジャー・ソーンヒルはきっちりとライトグレーのスーツを着こなしていた。彼は必死の形相で逃げ惑う。そのスーツ姿が実にカッコいい。この時間帯が夜ではなく、白昼堂々なのがいかにもヒッチコック監督らしい。真昼間に、観客を恐怖におののかせる演出である。

これを観たテレンス・ヤング監督が生み出したジェームズ・ボンドである。スーツスタイルにこだわるのも容易に頷けよう。

ボンドスーツは、時代に合わせた最新のモデリングと、激しいアクションを経ても着崩れない最新装備を兼ね備えた戦闘服。その機能性はもちろん、時代の先を見据えたデザインにより見た目にもひときわ目立つ存在感を誇る、まさに“イイトコドリ”な逸品が名作の裏には隠されているのである。

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280馬力。7速DSG。四駆。先進テクノロジー。広さ。ユニークなデザイン。
そんな“イイトコドリ”なクルマ、それがArteon(アルテオン)。
そろそろクルマ選びも、こだわりや見栄に固執した、一点豪華主義みたいなのはやめません?
これからはこういうほうがカッコいい!!
フォルクスワーゲンのいいところ、ぜんぶ。
The New Arteon