インドのタラブックスが示す、手仕事の美しさと小さくあること。

すべてのページがふっくらと温かみのある風合いの紙に一枚一枚シルクスクリーンで刷られていて、そのまま額装して壁にかけたいほど洗練されたクオリティでありながら、今でも世界各国で(日本では3500円ほどで)手に入るロングセラーの絵本だ。

Photo:Fuminari Yoshitsugu

現在、板橋区立美術館でタラブックスの活動を紹介する「世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦」という展覧会が開催されている。(1月8日まで)
「永遠の穴場」と自虐的なキャッチフレーズの幟をみずから掲げるこの美術館は、小規模ながらも上質の企画展を行うことで知られている。本展の充実度も期待以上だった。

Photo:Fuminari Yoshitsugu

原画の展示はいずれも息をのむ端正な美しさで、ユニークな着想のテーマも楽しく見飽きることがない。製作行程を見せるメイキング映像。帯状の絵本のもとになった伝統的な絵巻物を天井から吊り下げた展示。

Photo:Fuminari Yoshitsugu

さらに驚いたのは、印刷の過程で生まれる「ヤレ」と呼ばれる調整紙やミスプリントを丁寧に貼り込んだ展示什器だった。

Photo:Fuminari Yoshitsugu

本展の開幕にあたり、タラブックス創設者で発行人のギータ・ウォルフと、共同発行人で歴史家であるV・ギータも来日し、オープニングトークでは設立からの歴史をいくつかのマイルストーンとなった作品を辿りながら語った。

タラブックスの絵本は、インドの民俗画家の絵を版画の技法で印刷し、一冊ずつ職人が糸で製本している。インドは世界有数の多民族国家。各地に多様な民俗画家たちが無数に存在するが、西洋や日本のコンテクストと違って、その位置づけは土産物の民芸品のままだという。生活の中で営まれてきた彼らの表現活動を丹念に掬いあげ、出版に結びつけたのが彼女たちだった。

絵本で取り上げる物語やテーマもまた多種多様だ。
森や水の生きものたち。チベット仏教の経典やヒンドゥー教の祭祀。クズ拾いの子どもや街の広告などストリートカルチャーに焦点を当てた社会的な作品。インド映画の大らか(&大げさ)な手描き看板。アメリカのゲティ美術館とのコラボレーションによるアジアの視点から捉えたギリシャ悲劇。ゴンド族の画家が初めて渡航したロンドンを描く『ロンドン・ジャングルブック』。スマトラの津波やNYの9.11といったカタストロフを伝える重厚な絵巻物もある。

Photo:Fuminari Yoshitsugu

なかでもタラブックスの真髄ともいえるのが、『夜の木』『太陽と月』『世界のはじまり』といった神話的なシンボルを描いた作品であり、親から子へ、そして次世代へといつまでも受け継がれる普遍性をもつ。

こうしたインドの伝統文化を大切にしながらも、タラブックスは本の版型やグラフィックを探求し続け、特にシルクスクリーンと手作業の製本によるハンドメイドのシリーズの評価は高く、国際的な賞を多数受賞している。

さらに彼らの活動は出版にとどまらず、展覧会やワークショップ、レクチャーなどを通して、社会に対しても積極的にアプローチしようとしている。

「私たちの活動は、絵本という身近な媒体を通して、歴史家や編集者の視点から世界をどのように見るか、という社会実験でもあります。現在はとくに〈モダン〉とは何かということを問い直す時代がきていると考えています」とV・ギータは語る。

Photo:Fuminari Yoshitsugu

グローバリズムに翻弄され、膨張するインド経済のうねりのなかで、タラブックスがその事業規模を拡大せず「小さいままでいる」ことの根拠はこの企業理念にこそある。

画家、編集者、デザイナー、印刷職人ら家族的なチームによる、あくまで「目に見える・手で触れる」スケールのクリエイションから生まれる製品だからこそ、クオリティと多様性をコントロールし、歴史や社会のなかの自身の位置づけを冷静に把握することができるのだ。

Photo:Fuminari Yoshitsugu

インドと逆行して、もはやあらゆる分野や基準で世界ランキングの下位に位置づけられるようになった日本の企業にとっても、タラブックスのものづくりの考え方やビジネスの姿勢には大いに注目する価値がありそうだ。

Photo:Fuminari Yoshitsugu、Kodai MATSUOKA

世界を変える美しい本
インド・タラブックスの挑戦
会場:板橋区立美術館
会期:開催中~2018年1月8日(月・祝)
開館時間:9時30分~17時(入館は16時30分まで)
休館日:月曜日(1月8日は祝日のため開館)、12月29日~1月3日
観覧料:一般650円、高校・大学生450円、小・中学生200円(土曜日は、小中高生は無料)
後援:インド大使館、公益財団法人 日印協会
企画協力:Tara Books、ブルーシープ
http://www.itabashiartmuseum.jp/exhibition/2017-exhibition/ex171125.html

巡回展:刈谷市美術館/2018年4月21日(土)~6月3日(日)など予定
図録『世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦』(ブルーシープ刊):展覧会会場の他、全国の書店、web書店にて販売中