庭劇団ペニノはノスタルジーで煮染めた欲望と喪失を描き出す。

そのタニノの代表作であり、2015年岸田國士戯曲賞を受賞した『地獄谷温泉 無明ノ宿』の神奈川公演(KAAT神奈川芸術劇場)を観た。

2015年、森下スタジオにて、2ヶ月にわたって舞台美術の建て込みを行い、さらに稽古を重ねた同じスタジオの空間で発表された初演を観たときのことは忘れられない。
丸ごと呑み込んだはいいが消化できず、胸焼けを残し身体を火照らせるその体験を抱え、そこで見た一部始終をしばらくは誰にも話せず悶々とした。完全に湯あたりだった。

解明できない闇を腹のなかで鎮めたまま、再演を強く望んでいたところ、岸田賞の後押しもあり、2016年『地獄谷温泉 無明ノ宿』はドイツ、オランダ、デンマーク、フランスとヨーロッパツアーを実現した。
いつものように強烈な存在感を放つ超絶リアルな舞台装置を一度組み立て、それをバラして海外へ運搬しやすいパーツに組み直す、という気の遠くなる作業を経て、芝居は旅立ち、再び関東に戻ってきた。

そしてついに来年、タニノの故郷・富山で国内最終公演を迎える。

物語の舞台は北陸の山あいの名もない湯治宿。
小人症の老父と無表情の息子、という奇妙な人形師の親子の到来によって、宿に長逗留する盲目の男、老婆、芸妓、そして口をきかない三助(浴客の背中を流し、掃除などをする使用人)といった人物の意識下にある何かが、寝た子を起こすようにむっくりと頭をもたげる。

撮影:杉能信介

登場人物たちはそれぞれの孤独や頑迷さを、絶え間なく湧きでる湯にまかせて先送りにしている。そこへ、翌年に計画された新幹線開通にともなう変化を待つまでもなく、人形遣いという異物が投入され、湯殿の奥にある闇をこじあけてしまう。

宿の帳場、客室、脱衣場、風呂場と4つの空間を見せる回転舞台がゆっくりと転換するごとに、“湯治”という名の穏やかな思考停止状態のなかで凍結されていた欲望、幻滅、喪失、無明(迷い)が溶け出して、密室に生暖かく湿ったにおいが充満する。

撮影:杉能信介

(ここからはネタばれになる)

人形師の親爺の小さな背中を流しながら無言で身悶えする三助。
お座敷帰りの芸妓たちにせがまれて親子が披露する気味の悪い人形劇。
深夜の脱衣場で男と交わる女があげる悲鳴のような声。
早朝、湯殿に集まった彼らの静寂をやぶる男の嘔吐。
失われゆく世界の端っこを慈しむノスタルジーと、見てはいけない世界を覗いてしまったような後ろめたさとが入り交じり、再び強い湯あたりの感覚がもどってきた。

撮影:杉能信介

タニノは両親共に医者の家に生まれ、なかば祖父母に育てられた。祖父の死に直面した後、祖母が病に倒れた年には、すぐに実家に駆けつけられるよう、東京と富山の中間あたりの長野の温泉宿に逗留した。

その間に書いたのがこの台本だという。マメ山田(72歳)をはじめ、70代、60代、50代の中高年に達した役者たちがときには素っ裸で身体を張って活躍する舞台の背景にはそんな日々があったのだ。
ちょうど北陸新幹線の開業準備によって、故郷の富山が変わりゆくさまを実感し、そのときダラダラと書き留めたメモやスケッチを作品化して残したいと思ったそうだ。

「かつて体験した風景、文化、方言、人が消えていこうとする瞬間を切り取りたい、美しく力強く気迫あるものとして死にゆく様を描きたい」(タニノ)

真摯なモチベーションにかき立てられ完成させた戯曲が、ある1つの確信に満ちた方向性をもたらした。それは「ステージの窓枠から虚構の世界を覗き見る」という昔からの演劇体験の形式はそのままに、ひっそりと執り行われる小さな儀式だ。

生きた人間の無意識下の記憶を呑み込み、体内に入れ、血肉に混ざるようにする。はじめはのぼせて気持ちがわるいが、後々になってじんわりと効いてくる。細胞レベルに作用する、そんな鉱泉のような効能を、現代演劇に足を運ぶ人たちは求めているのかもしれない。

 

《タニノクロウ》1976年富山県出身。庭劇団ペニノの主宰、座付き劇作・演出家。セゾン文化財団シニアフェロー(2015年まで)。2000年医学部在学中に庭劇団ペニノを旗揚げ。以降全作品の脚本・演出を手掛ける。ヨーロッパを中心に、国内外の主要な演劇祭に多数招聘。劇団公演以外では、2011年1月には東京芸術劇場主催公演で『チェーホフ?!』の作・演出を担当。2015年3月ドイツにて新作『水の檻』を発表。2016年、『地獄谷温泉 無明ノ宿』にて第60回岸田國士戯曲賞、北日本新聞芸術選奨受賞、第71回文化庁芸術祭優秀賞受賞。

■公演情報
庭劇団ペニノ『地獄谷温泉 無明ノ宿』
【富山公演】
会場:オーバード・ホール 舞台上特設シアター
日程:2018年1月12日(金)~14日(日)

作・演出:タニノクロウ
出演:マメ山田 村上聡一(中野成樹+フランケンズ) 飯田一期 日高ボブ美(ロ字ック)久保亜津子 森準人 石川佳代
公式サイト:庭劇団ペニノ http://niwagekidan.org/
問合せ:庭劇団ペニノ Tel.080-4414-2828(平日11時~20時)

撮影:杉能信介