今年の新国立劇場「最優秀歌手」はこの美女で決まり⁈

オペラ・ファンを任ずる方なら、「椿姫」の舞台を5回や10回観ているだろうし、CDやDVDの5枚や10枚持っているだろう。マリア・カラス、ジョーン・サザーランド、コトルバス、デヴィーア、ボンファッデッリ、ゲオルギュー、ネトレプコ、デセイなどの名歌手が浮かんでくる。

しかし、その日のルングはこれらの名演、名盤に匹敵するような出来栄えであった。容姿、歌唱、演技でそれぞれほぼフルマーク(満点の容姿のせいで歌唱、演技はちょっと採点が甘くなったかも)。もう歌が上手い、声が出る、演技が巧みだけでは、現代のオペラ上演はどうにもならないということをしみじみ感じる。ルングはまさに絵から抜け出たような薄幸の高級娼婦なのだった。女優並みの美貌と演技。歌唱も幕が進むにつれて、どんどん調子を上げていった。最後の、痛みが消えてまるで生き返るような錯覚に陥るヴィオレッタもこうでなくては、2年前に新制作したブサールの演出が生きないのだ。目頭が熱くなった。

その恋人のアルフレード役は2年前と同じアントニオ・ポーリ。2年前より上手くなっていると感じるのは、ルングに引っ張られたからではないだろうか。アルフレードの父ジョルジョ・ジェルモン役は急病のモルナールに代わってジョヴァンニ・メオーニ。なかなかの出来だが、これは過去の名歌手の滋味あふれる歌唱と比較されてしまうから損な役回りである。リッカルド・フリッツァ指揮の東京フィルも熱演以上の演奏だった。また第2幕第2場における新国立劇場合唱団の鬼気迫るアルフレード追及もなかなか聞きごたえがあった。

ヴィオレッタに死期が迫る/撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

良いことづくめだが、ひとつ文句をいうと、観客の無神経な咳の連発(ハンカチかなんかで押さえてください)、咳止めなのか飴玉を取り出す袋の音、スマホだかオペラグラスの落下音にはほとほと参った。さらに、第1幕の大団円ヴィオレッタの「そはかの人か」のカヴァティーナから「花から花へ」のカバレッタに移るところでブラヴォーを叫んだ男性は今後入場を自粛してほしい。この「間」こそ最高の聴かせどころなのに。オペラは娯楽なんだからそんなに騒がなくともいいじゃないかと言うなら、「通」ぶった「先頭ブラヴォーと先頭拍手」は自粛してほしい。こんな蛮声を歌舞伎では聞いたことがない。オペラでは、客席が暗くなるので、プログラムをめくる音がしないのはせめてもだが、その分スヤスヤ、ガーガーの安眠派が台頭してくる。

プログラムといえば、今回のプログラム(税込1000円)が秀逸だった。作家の佐藤賢一氏のエッセイ「デュマ三代」は、この「椿姫」の作者デュマ・フィスの祖父であるトマ・アレクサンドル・デュマはハイチ生まれの黒人ハーフでその後フランス軍中将まで出世したという話から始まる。また現在明治大学教授でフランス文学者の鹿島茂氏によるエッセイ「パリの半社交界(ドゥミ・モンド)」は何故19世紀のパリにはあんなにたくさんの娼婦がいたのかという謎に迫っている。どちらも目から鱗であった。

11月23日(木・祝)14時~、25日(土)14時~、28日(火)14時~に残りの公演がある。これはお勧めである。

撮影:寺司正彦
画像提供:新国立劇場