スパイク・リー監督の『マルコムX』のクライマックス、『ア・チェンジ・イズ・ゴンナ・カム』が流れる

翌日の2月21日日曜日、そのオーデュボン舞踏場で、その前年に設立した政治組織、アフリカ系アメリカ人統一機構(原題Organization of Afro-American Unity、略称OAAU)の例会に参加していたマルコムXこと、出生名マルコム・リトル(原題Malcolm Little)、イスラーム名エル=ハジ・マリク・エル=シャバーズ(原題El-Hajj Malik El-Shabazz)は、悲しいことに、妻ベティ・シャバーズ、娘カビラ・シャバーズの目の前で、暗殺されてしまう。享年39歳。ネーション・オブ・イスラーム(原題Nation of Islam、略称NOI)の統率者イライジャ・ムハンマドの仕業だった。

実行犯は3人で、タルマッジ・X・ヘイヤー、ノーマン・3X・バトラー、トーマス・15X・ジョンソン。3人とも熱心なNOIの信者だった。3人の名前に含まれる「X」は、白人名を押し付けられたために失われたアフリカ名の代わりとして、イライジャ・ムハンマドに授けられたNOI信徒の証。ちなみに、マルコムXの「X」もNOIに由来している。ただし、マルコムX自身は前年にNOIを離脱、聖地メッカ巡礼を果たした後は、イスラーム名エル=ハジ・マリク・エル=シャバーズを名乗っている。

この写真がなぜに感動的なのか。

それは、1992年のデンゼル・ワシントン主演、スパイク・リー監督の伝記映画『マルコムX』(原題Malcolm X)のクライマックスで流れる、サム・クックの『ア・チェンジ・イズ・ゴンナ・カム』(原題A Change is Gonna Come)が条件反射的に思い浮かぶからだ。

この曲は1964年12月22日リリースされた。ボブ・ディラン『風に吹かれて』(原題Blowing in the Wind)に触発されて作った曲で、なんと、「黒人民権運動のアンセム」になっているのだ。サム・クックは実のところ、1964年12月11日に不可解な死を遂げ、射殺されている。享年33歳。

映画『マルコムX』の原作は、マルコムX自身が著わし『ROOTS/ルーツ』のアレックス・ヘイリーがまとめた『マルコムX自伝』。

『マルコムX』DVD¥1,429(税別)発売中/販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン TM,(R) & Copyright (C) 2004 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.

キング牧師と並び黒人解放運動のリーダーだったマルコムXの一生を描く。1943年、ボストンのスラム街に住む黒人少年マルコム・リトル(デンゼル・ワシントン)は厚生施設に送られ、そこでまじめに勉強し、弁護士を志望するが、学校の先生に、黒人には無理だと言われ、憤りを感じながら列車の売り子として働き始める。

ハーレムのバーで、黒人ギャングのリーダー、アーチ(デルロイ・リンド)に出会い、ギャンブルのポン引きになり、21歳のときに強盗犯で逮捕され、8~10年の懲役を受ける。刑務所に服役中にイスラム教に改宗し、教養を身につけたマルコムは、マルコムXに名を変え、1952年に出所後は、ネーション・オブ・イスラームの指導者イライジャ・モハメッド(アル・フリーマン・ジュニア)の右腕として活躍する。

全国のイスラム寺院で演説を始めたマルコムは注目を集め、その後も黒人に対して武装を呼びかけた。1960年代に入り、人種差別への抵抗の動きが全国的な展開を見せ、ケネディ大統領の暗殺を機に、各地で暴動が勃発。そんなとき、複数の女性に認知訴訟を起こされたイライジャに失望したマルコムは、NOIを離脱した。

1963年、サウジアラビアのメッカを巡礼したマルコムは、あらゆる人種のイスラム教徒が友愛に結ばれている姿に感動、帰国後は白人の排斥を止め、新たな道を探り始める。しかし、1965年、マルコムはハーレムで演説中、ネーション・オブ・イスラームの組織の暗殺団によって、13発の銃弾を浴び、39歳の若さで射殺されるのだった。

マルコムXが暗殺されてから3年後、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)はマルコムXと同じ39歳で暗殺される。

またマルコムXは、1962年にNOIを通じて、1942年生まれのプロボクサー、モハメド・アリと知り合う。両者はもっとも攻撃的な黒人の民権運動指導者だった。

画像提供:NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
動画:SamCookeVEVO – YouTube