プレスリーの『好きにならずにいられない』

ラッキーなことに映画狂だった僕は、その『ブレードランナー』初公開時に新宿コマ劇場そばの映画館で、初日に観ている。1,000人超収容のデカい映画館に、いまでは信じられないことだが、観客はわずかに僕らを含めて10人程度という閑古鳥状態だったのだ。

仕事柄1990年代に2週間に1回のペースでロサンゼルスに行っていたので、1年に5日ほどしか雨が降らないカリフォルニアの陽光はともかく体で憶えている。ところが、『ブレードランナー』の舞台、近未来2019年ロサンゼルスでは、しのつくように絶えず酸性雨が降っているのだ。この終末的なイメージで、すっかり虜になった。おまけに、オープニングショットのロサンゼルスの工場地帯の描写で、この映画は「僕のオールタイムトップテン」に君臨しているのだ。

【サトウムツオのオールタイムトップテン】
(1)『ゴッドファーザー』(1972、フランシス・フォード・コッポラ)
(2)『用心棒』(1961、黒澤明)
(3)『ゴッドファーザー PART2』(1974、フランシス・フォード・コッポラ)
(4)『許されざる者』(1992、クリント・イーストウッド)
(5)『タクシードライバー』(1976、マーティン・スコセッシ)
(6)『ブレードランナー』(1982、リドリー・スコット)
(7)『暗殺の森』(1970、ベルナルド・ベルトルッチ)
(8)『フィッシャー・キング』(1991、テリー・ギリアム)
(9)『インファナル・アフェア』(2002、アンドリュー・ラウ&アラン・マック)
(10)『続激突!/カージャック』(1974、スティーヴン・スピルバーグ)

とにかく、薄暗い川崎の工業地帯のようなオープニングシーンの描写から圧倒された(リドリー・スコットによれば、川崎の京浜工業地帯の情景を観ているそうで、浜松町駅からのモノレールで、「強力わかもと」の広告看板が見える)。

まず、この映画は、小説でいえばハードボイルドである。原作は、フィリップ・K・ディックが書いた『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』であるが、映画化するためにシナリオを書いたハンプトン・ファンチャーが思い浮かべた主人公リック・デッカードのイメージは、「レイモンド・チャンドラーの小説に出てくる私立探偵のフィリップ・マーロウ」であったという。同じく、フィリップ・K・ディックが書いた名著『流れよ我が涙、と警官が言った』に登場する遺伝子操作によって生まれた人造人間「スィックス」に近い「レプリカント」でもあった。監督のリドリー・スコットは、その「未来のフィリップ・マーロウ」というアイデアにすごく興奮したと伝えられている。

おまけに、ショーン・ヤング演じるレイチェルという「ファムファタール(運命の女)」が登場してタバコをプカっとやる。近未来を舞台にした「暗黒映画(フィルムノワール)」でもある。これには完全にまいった。何しろ、1947年のジャック・ターナー監督作品『過去を逃れて』(原題Out of the Past)や1950年のジョセフ・H・ルイス監督作品『拳銃魔』(原題Gun Crazy)や1955年のロバート・アルドリッチ監督作品『キッスで殺せ!』(原題Kiss Me Deadly)や1958年のオーソン・ウェルズ監督作品『黒い罠』(原題Touch of Evil)といった、僕がいちばん好きな映画のジャンルなのだ。そして何より驚くのは、これがCGとかない時代の最後のお手製特撮映画だったことだ。

近未来の工業デザイナー(フューチャリスト・デザイナー)がシド・ミードで、そのすべてのデザインが尖鋭的だった。

作品の最大の特色である「哲学的な難解さや暗さ」をうっちゃって、公開の1982年にはスティーヴン・スピルバーグ監督作品『E.T.』(原題E.T.)のような「SFファンタジー」がありながら、単純な「SFアクション映画」で売ろうとした製作側の宣伝ミスだった。1982年6月11日に全米公開された『E.T.』は、興行成績でも歴代第1位する世界的大ヒットだった。

最初は惨憺たる興行成績だったが、MTVの隆盛もあって、MTVの監督たちに『ブレードランナー』の世界観が次々と真似されて、徐々にカルト的人気を博していった。ちょうどVHSの最後の時期で、レーザーディスクやDVDが出始めのころだった。そのため、(1)1982年のワークプリント版、(2)1982年のアメリカ公開オリジナル版、(3)1982年のインターナショナル劇場版、(4)1992年のディレクターズ・カット版、(5)2007年のファイナル・カット版といった、いくつかのバージョンが出て、そのすべてが人気を博した。

『ブレードランナー2049』2017年10月27日(金)公開/画像提供:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

僕が観たのはアメリカ以外の国に向けたインターナショナル劇場版であった。2005年のファイナル・カット版は、イタリアのヴェネチア国際映画祭で、4K上映された。このとき、ハリソン・フォード&ショーン・ヤングを除く、リドリー・スコット(監督)、ルトガー・ハウワー(ロイ・バッティ役)、ダリル・ハンナ(プリス役)、エドワード・ジェームズ・オルムス(ガフ役)らが集結。幸運にも、その全員にインタビューして、その記事は映画.comで今でも読める。

このようなバージョン違いが生まれた理由は、最終編集権を製作者たちが握っていて、映画監督であるリドリー・スコットが望むかたちで完成へと至らないケースがある。この映画こそまさにその一つで、1982年に劇場公開された『アメリカ公開オリジナル版』および『インターナショナル劇場版』は製作者の権利行使によって完成された。

そして作品すべてのナレーションを取り払い、最後のハッピーエンドも削除したバージョンが、1992年の『ディレクターズ・カット/最終版』。そしてリドリー・スコット監督が執念で、撮影・編集ミスによる矛盾の修正や特殊効果シーンの修正をほどこして未公開シーンを挿入したのが、2007年の『ファイナル・カット版』である。

筆者は1980年代終わりごろから渋谷キラー通りの輸入DVDショップ〈ディスクアンドギャラリー〉の常連となっていたから、この『ブレードランナー』はレーザーディスク&DVD全バージョンを所有していた。同じ常連仲間の俳優・竹中直人さんもこの『ブレードランナー』の大ファンであり、当然のごとく、全バージョンを購入していた。

『ブレードランナー』は公開後10年を経つころからカルト的人気を不動のものとし、実際に1993年にアメリカ国立フィルム登録簿に永久保存されて、世界が認めるSF映画の金字塔的作品となった。

『ブレードランナー2049』は、『ブレードランナー』の世界観を踏襲した完全な続編であり、絶えず酸性雨が降っていたロサンゼルスの情景はさらに厳しくなり、監督のドゥニ・ヴィルヌーヴがカナダ出身であり、カナダのような雪を降らせている。

2049年、人類の生存を確実にするためにレプリカントと呼ばれる人工生命体が作られ、社会に組み込まれていた。ロサンゼルス市警察に属して「ブレードランナー」として働く新しいモデルのK(ライアン・ゴズリング)は、反逆した古いモデルのレプリカントを狩り、引退させている。家では、ニアンダー・ウォレス(ジャレッド・レト)により作られたホログラフィーによる恋人ジョイと過ごしている。

そしてKは、元ブレードランナーのリック・デッカード(ハリソン・フォード)に協力をあおぐのだが、その出会いの場面でフランク・シナトラやエルヴィス・プレスリーがホログラフィーでかつての歌声を聞かせる。

『ブレードランナー2049』2017年10月27日(金)公開/画像提供:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

エルヴィス・プレスリーの歌では、1969年の『サスピシャス・マインド』(原題Suspicios Mind)のほかに、1961年の『好きにならずにいられない』(原題Can’t Help Falling in Love)が使われている。それでこのシーンで、ハリソン・フォード演じるデッカードが「好きな曲だ」と吐露したりして。

実は筆者にとってエルヴィス・プレスリーは熱烈な大ファンであり、テネシー州メンフィスの聖地グレンデールにある「エルヴィス・プレスリー博物館」にも行っているほどだ。英語の最後にヴァンゲリスの曲が流れてクラッとするが、さりげないシーンにこんな曲を使うなんて、なんて音楽の趣味がいいんだろうと思った。

画像提供:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
動画:ElvisPresleyVEVO – YouTube