ちょっと残念な日本のトラッド系ドレスシャツの過剰包装!?

「いいですか。我が社のポテトチップスはどれも大きさが揃っており、割れも焦げた部分もありません。それに比べると、残念ながら御社の製品は、大きさもまちまちだし、割れたり焦げたりしているものばかり。この品質ではお話になりません」と、味を確かめることもせずに断られたという。申し添えておくが筆者は割れたり焦げたりしたポテトチップスのほうが、美しく均一化したものより香ばしくておいしいと感じた。

「消費者がポテトチップスに求めるものは、外観の良さか、それとも味なのか」と、御曹司は憤慨していたが、日本の物づくりの姿勢は、ポテトチップスに限らず、ドレスシャツにおいても同じことがいえそうだ。つまり、販売するときの体裁ばかり整えて、肝心の本質を二の次にしているようなところが少なからずあるように思うのだ。

この点に最初に気づかせてくれたのは、ドレステリアなどで長年クリエーティブ・ディレクターとして数々の名品と人材を世に送り出した後に引退。今はフリーの写真家として素敵なモノクロームの作品を撮っている森万恭(もりかずやす)さんだった。

森さんは「日本のトラッドシャツのいけない点は、シャツの衿を立てて販売していること。あれは人間工学的にありえない形でしょう。それが判っているところ、たとえば日本ならコム・デ・ギャルソンなんかは、衿を寝かせて売っている。ブルックス・ブラザーズなども、日本のように極端なことはしていない」と教えてくれたのである。

たしかに百貨店などで販売されているドレスシャツを見ると、衿腰を立てるために内側に透明の薄いプラスチック板を廻し、さらに衿の中側にはボール紙まではさみ込んで体裁を整えている。

虫ピンだらけのこの包装をばらしてからシャツを広げ、品質を確かめるのは、筆者でもかなり勇気のいることだ。できればハンガーに吊るしたものを見本に置いて欲しいと思う。

それはともかくも、我々がシャツを着たときの姿を考えてみると、人間の胴体に対して、ほぼ直角に首が付いていることなどありえない。

そんなことを考えながら、日本のオーダーメイドシャツの教科書的名著と呼ばれている『ワイシャツ全書』(村田金兵衛著 洋装社)をひもといてみた。
すると既製シャツについて次のよう警鐘が記されていたので、それを要約する。

Photo:Shuhei Toyama

「シャツは色柄が良く、生地が良く、ミシン目がまっすぐで細かく、シャツ箱へ詰められた形が良く、つまり外見がきれいに出来ていれば良い商品だと、断定できるものではありません。シャツの一番大切なポイントは、身体に合っていて、着具合が良いということ。そのためにはアームホールの下側の曲率を強くしたり、ヨークの中央にはぎ目をつけ、さらにヨークと後身との接合部分にカーブをつけたり、あるいは上衿と台衿とのつけ部分をいせ加減に縫いつけたりなど、裁断や縫製に合理性がなければ駄目なのです」

ところがいつしか日本の既製シャツは、衿腰を立てて見映えよく販売することのみが主眼になり、曲率を強くした立体的な縫製よりも、たたみやすい平面的な縫製が優先されるような作りのものが出てきてしまったのではないだろうか。

つまりは、スーツでもハンガー顔(ヅラ)のいい服は着にくい、というのと同じこと。たたみヅラの良いドレスシャツには気をつけろ、と言うわけである。

しかしシャツの善し悪しは、素人目にはなかなか判断が難しいところ。そこで金兵衛さんはこんなことも書いている。

「本筋の修行を積んだクリーニングの技術者くらい、ドレスシャツの裁断の不合理を見分ける目を持っている者はいないものです。こんな裁断のシャツなど仕上げてやるものか、とシャツメーカーへ突き返してしまったという話があるくらいです」

村田さんは明治33年生まれで、大正13年にワイシャツ専門店を開業。『ワイシャツ全書』の改訂版が発行されたのは昭和40年。

今やクリーニング屋もチェーン店化され機械で自動仕上げするところが多くなってしまった。もしご近所に、いまだに手でアイロン仕上げをしている頑固な親父がいたら、御自分のシャツの出来具合を尋ねてみるのも手かもしれない。

(写真はイメージです。本文の内容とは関係ありません)

Photo:Shuhei Toyama